「食」と「掩蔽」について (第1回)

 
                                                           上原 貞治
 「日食」と「月食」とは、普通、対になった現象として取り上げられますが、実際には、まったく異質の現象です。前者は、正しくは「掩蔽(えんぺい)」と呼ばれるべき現象であり、後者は文字通り「食(しょく)」と呼ばれる現象であるからです。「食」とは、ある天体が、別の天体の影に入り、照らされなくなる現象を指します。いっぽう、「掩蔽」とは、ある天体が別の天体の背後に隠される現象を指します。
 
 

1.「食」と「掩蔽」の違い

 上の説明をみても、「なんだ。同じようなものじゃないか。」と思われるかもしれません。でも、実際には大違い、全く違うものです。「食」には、まず光源となる天体が必要です。そして、影を作る天体が必要です。もちろん、影にはいる天体も必要で、これが直接観測される天体になります。3つの天体が必要なことがおわかりになったと思います。実際には、観測者がいる天体も必要ですが、これは、ずっと地球ということにしましょう。 一方、「掩蔽」には、隠す天体と隠される天体の2つしか必要ありません。観測者は地球上にいますが、これは本質的ではありません。観測者の足場としての存在意味しかありません。
 「食」がおこるためには、「掩蔽」よりはるかに多くの制限が付きます。まず天体が3つ必要なことはすでに書きました。この3つの天体を(A=光源天体、B=影を作る天体、C=影に入る天体)と書くことにしましょう。この場合、Aは、もちろん、光る天体でないといけませんし、Bは、光らない天体であるべきです。もし、Bが光れば影はできないでしょう。(Aより十分暗ければいいですが)。Cは、自らは光らない天体でないといけません。自ら光っていると、影に入ってもほとんど暗くなりません。次に、Cは実際にBの影に入らないといけません。つまり、Bの影がCが存在しているところに届いていないといけないのです。そして、Cは本当に「日当たり」が悪くなり暗くなります。Cは実際に暗くなるのだから、この現象はどこから観測しても同じ時刻に起こります(もちろん、それが 位置的に見られる場所に限りますが)。かつて(近世)には、月食や木星の衛星の食が「時計合わせ」のために用いられました。地方時を求め、時差から経度差を求めるためのたいへん有効な方法でした。
 一方、「掩蔽」のほうには、このような制限は一切つきません。2天体は、どんな天体であっても問題ありません。観測者に近いものが遠いものを背後にただ隠せばよいのです。星が光っておろうが、光っているまいが、背後に隠す・隠れるということとは関係ありません。また、隠されたといっても、それはある特定の観測者からそう見えるだけの話で、隠している天体はもちろん、隠されている天体にもなんら変わったことは起きていません。いわば自覚症状のない天文現象です。でも、「特定の観測者」にとっては宇宙の3次元的広がりを実感できる貴重な現象となります。どちらの天体が近いのか わかりますし、視差を用いた詳しい観測をすれば、天体までの距離を測ることも(様々な制限は付きますが)可能となります。
 これで、この二つがぜんぜんレベルの違う現象であることがお分かりいただけたと思います。
 「食」にも「掩蔽」にも、全体が隠される「皆既」、部分的に隠される「部分」と「金環」の区別があります。これは、日食の用語を借用したものです。「部分」は、周縁部分を含む部分が隠されている状態を指し、「金環」は周縁部分は隠されておらず内部が隠されている状態を指します。ほかに、「食」には「半影」による食がありますが、ここではこれは問題にせず、「本影」による食のみを扱うことにします。
 
 

2.「食」のいろいろ

 最も有名な「食」現象は月食です。これは、上の図式で書くと(太陽、地球、月)ということになります。観測者は地球にいますが、これは本質的ではありません。観測者が月の近くの宇宙空間にいても月が赤銅色に暗くなっていることは確認できます。
 地球の影は、地球から約135万kmのところまでしか伸びていませんので、地球の影で食される天体は月だけです。火星とか金星とかは地球の影に入って暗くなることは決してありません。地球に非常に接近する小惑星や彗星が食される可能性はありますが、いままでそういうことがあったことはありません。非常にまれにしか起こらないであろうと予想できます。
 人工衛星は、夕方などに時々地上から観察できますが、見ているうちに地球の影にはいってしまって見えなくなることがあります。これは、「食」の一種です。
 目を他の惑星に転じますと、木星の衛星が月食と同じ現象を起こすことがあります。木星が大きく、有名な4大衛星は、木星に比較的近いところを回っているため、このような現象はよくおこります。つまり、木星の影のなかに衛星がはいって見えなくなってしまうのです。これは、木星の衛星現象のひとつでやはり「食」と呼ばれています。一方、逆に衛星の影が木星面に落ちる現象もあり、これは「影」と呼ばれていますが、これも、「食」の一種です。(太陽、木星の衛星、木星)という図式になります。これは金環食だと思って下さい。後で出てくる「皆既日食」も宇宙から地球を見ると「金環食」です。月の影が地球上の狭い範囲(皆既日食が見えているところ)に落ちているからです。 一般に、太陽を光源とした「食現象」の場合、影に入った天体の暗い部分では、「皆既日食」が起こっています。
 土星とその衛星についても同様の現象が起こります。土星の輪もからむと複雑な話になります。よく輪の影が土星本体の表面に落ちている写真を目にすることがありますが、これは食の一種です。一方、輪はうすいので、輪の影が、輪の平面上付近を公転している衛星に落ちることはほとんどありません。
 さらに、木星の衛星同士(太陽・木星の衛星・木星の衛星)で、食現象がおこることもあります。衛星は小さいのでこれは非常に珍しい現象のように思われるかもしれませんが、太陽が木星の赤道面に存在する時期にはわりと頻繁に見られます。地球から見ると、2つ並んで見えている衛星の一方が、数分の間に減光して見えなくなってしまうような現象としてみられます。
 

3.月による「掩蔽」

 3-1 星食
 月は地球に最も近い天体ですから(人工天体や流星は今回は問題にしません)、他の様々な天体を背後に隠します。これが、月による掩蔽です。恒星は数が多いので、恒星を隠す場合が一番多く、この現象は通常「星食」と呼ばれています。正確には「月による恒星の掩蔽」と呼ばれるべきですが、長たらしいのでこう呼ばれています。「××食」という場合、「××」には隠される天体の名が来ますので注意をして下さい。
 恒星はたくさんありますが、月に掩蔽される可能性があるのは、黄道の付近の星だけです。それでも、1等星で対象になるものは比較的多く、21個の1等星のうち、レグルス、スピカ、アンタレス、アルデバランの4個が掩蔽される可能性があります。そして、実際にしばしば観測可能です。2等星で対象となるものは意外に少なく いて座σ星だけです。
有名な星団では、プレアデス、ヒアデス、プレセペ、M35などが対象になります。これらはいずれも、全天の中でも大物の星団といえるもので、これらの天体の星食が見られるのは本当にラッキーなことです。
 
 3-2 日食
 太陽も恒星ですが、太陽の掩蔽が「日食」です。太陽は、その見かけの大きさが月とほぼ同じです。観測地から見て、月の中心と太陽の中心が同じ方向に見える時に、太陽の方がやや大きいときは「金環日食」、月の方がやや大きければ「皆既日食」が見られることになります。
 
 3-3 惑星食など
 月が、惑星のどれか(水星、金星、火星、木星、土星、天王星、海王星)を隠す場合は、「惑星食」と呼ばれます。これは、やや珍しい現象といえます。惑星食で興味深いのは、月と惑星との明るさの対比です。トータルの明るさとしては月の方がはるかに明るいのですが、望遠鏡で見た場合、単位面積あたりの明るさ(輝度)が問題になります。月より、太陽に近い水星や金星は月より明るく見えますが、太陽から遠い土星は暗く見えます。それでも、惑星の輝度は意外と明るく(どちらかというと月が暗い)、惑星食は見栄えのする現象です。
 そのほかに、小惑星の掩蔽なども起こりますが、暗くて見にくくあまり観測の対象とされません。彗星の掩蔽が観測されたこともないと思います。
                                (つづく)
 次回は、惑星による掩蔽、掩蔽の起こる頻度について書きます。