北朝鮮の「人工衛星」について

上原 貞治
 
 
 本誌では30年以上に渡って各国の宇宙開発の分析をしているが、今回は時事ネタということで北朝鮮の「人工衛星」について考えてみる。なお、 「北朝鮮」は朝鮮民主主義人民共和国のことであるが、慣用に従って省略させていただいた。これを含め、本記事において政治的意図はまったくない。なお、こ の原稿を書き終えたのは、「銀河2号」の打ち上げ(2009年4月5日)の約2週間後である。
 
1.ロケット、ミサイル、人工衛星
 用語の混乱を招く危険性があるので整理しておく。まず、「テポドン」というのは、ロケットの「型」のコードネームである。これは西側諸国の調 査機関がつけた名称であるので、北朝鮮では何と呼んでいるかはわからない(「白頭山」と呼ばれているというが、これがロケットの型の名前なのか、個別の機 体名かは不明である)。「テポドン1号」、「テポドン2号」、「テポドン2号改良型」というのも、すべて西側が分類したロケットの型であり、その構造が明 らかでないので、これがそれぞれどのような構造のものを指すのか明瞭な定義はない。 一般には、1998に日本列島を飛び越えたロケットが「テポドン1号」であり、2006年と2009年に発射実験が行われたさらに大型のものが「テポドン 2号」とされている。
 それとは別に個々のロケットの機体に名前が付けられているはずである。今回の2009年4月5日発射の機体の名前として北朝鮮が発表している 「銀河2号」がこれに当てはまるものと考えられる。これは機体の固有名なので北朝鮮の発表に従うことにする。
 一般に、ミサイルとは弾道軌道の軍事用ロケットを指すので、この「銀河2号」が軍事目的で弾道軌道を描くことを意図して打ち上げられたものな らば、それはミサイルであることになる。一方、軍事目的の有無によらず人工衛星打ち上げを意図したものであるならば、軌道に乗せることに成功しようが失敗 しようがそれはミサイルではない。
 これとは別にロケットの機体から切り離された人工衛星には別の名称が与えられるのが普通である。今回の「人工衛星」は北朝鮮の発表によると 「光明星2号」という名前である。「光明星2号」の存在は、客観的に確認されていない。
 
2.人工衛星は軌道に乗ったか
 北朝鮮は、運搬ロケット「銀河2号」によって人工衛星「光明星2号」を地球周回軌道に乗せることに成功した、と発表している。これは事実であ ろうか。日本の観測によると、飛翔体が日本列島を飛び越えたのは事実であるから「銀河2号」が打ち上げられ相当の距離を飛んだことは事実である。ところ が、米国の発表によると地球周回軌道には何も乗っていないというから、人工衛星にはならなかったらしい。北朝鮮は、人工衛星から金正日総書記を讃える歌の 音楽を470MHzの周波数で流しているからそれを受信することを試みるように勧めているという。一般に地球周回軌道を回る人工衛星から電波を発信しそれ を受信すること自体はそれほど難しいことでなく1960年代からアマチュア無線で試みられているところである。それにもかかわらずそのような音楽は受信さ れていないので、この北朝鮮の発表は虚偽であると考えて良かろう。また、北朝鮮自身も「光明星2号」の人工衛星としての国際登録を要請していないという。 人工衛星として軌道に乗っていない、と断定して良いだろう。
 
3.人工衛星を搭載していたか
 それならば、これは人工衛星打ち上げとしては失敗であったことになる。しかし、「失敗」というからには、一度は「成功」を意図していたはずだ から人工衛星を搭載しているものでないといけない。しかし、これに対して、人工衛星は始めから積んでいなかったという見方もある。
 これについて、私は、2段目から切り離された3段目以降の飛翔が確認されていないことから人工衛星はそもそも搭載されていなかったと考える。 もちろん、3段目の切り離しもしくは点火に失敗すると似たような状況になるので本当のところはよくわからない。よって、その他の傍証から判断するしかない のであるが、次のようなことが考えられる。
 まず、銀河2号の2段目まででは人工衛星を周回軌道に乗せるだけの速度を出せなかったという事実である。これはそもそもの設計性能によるもの であったのだろう。それは2段目が太平洋に落下するまでにおおむね予定された飛行距離を飛んでいるから、(正確な飛行距離はどこからも発表されていない。 5節参照)。2段目の燃焼不良によるという可能性は小さいと思われるからである。そうすると人工衛星を軌道に乗せるためには3段目が必要であることにな る。
 北朝鮮から発表された打ち上げのビデオによると確かに3段目が存在している。しかし、それはかなり縦に短い。ここで、人工衛星の大きさも考え る必要がある(写真)。つまり、直径に対して長さが短いずんぐり型のロケットである。これが加速性能のあるものだとしたら固体ロケットであろうが、こうい うものを作るにはそれなりの開発の手間がかかり困難が伴う。(テポドン2号の1、2段目は液体ロケットである)
 もちろん、北朝鮮がこのような3段目を作ることは技術的に不可能ではないだろうが、問題は、それがテポドンをミサイルとして用いる時には必要 ないものであるということである。大気圏再突入をはかる場合はこのような短い3段目は用いないだろう。また、将来、テポドン2号の2段目の性能を向上させ れば弾道弾としても人工衛星用ロケットとしても、3段目そのものを不要にすることもできるであろう。短い3段目の開発努力はそれ以外の用途に乏しいに効率 に悪いものになる。



北朝鮮が発表した「銀河2号」打ち上げ時の上段部の画像 (APTN提供。テレビニュースより)

 さらに、人工衛星が周回していないにもかかわらず、北朝鮮が人工衛星が周回していると公言してそれに何の困難も感じていないようであることも 裏付けになる。失敗した時に「成功した」とウソをついても何も困らないのであれば、始めから金銭的人的負担をつぎこんで苦労してまで成功をめざす必要は何 もない。北朝鮮は、国威発揚のために何が起こっても「成功」と宣伝するつもりであったのだろう。それだったら、始めから宣伝準備以外の何の努力もする必要 はない。
 もちろん、北朝鮮のこの「ウソ」は完全に国内向けのものである。それは、北朝鮮が今回の打ち上げ理由を、「試験通信衛星」のため、としている ことからもわかる。通信衛星は技術試験や実用に役に立つが、国民生活に直結した影響のない、国内向けには最も都合のよい虚偽の理由である。でも、本当に通 信衛星を打ち上げて試験通信をすると外国に傍受されてしまうし、通信しないのに通信したといってもそのウソはばれてしまうので、対外戦略としては最悪の言 い訳になる。外国にウソがばれるのは最初から問題ではないのだ。
 だから、始めからいかなる人工衛星も打ち上げるつもりはなく、この3段目は「ダミー」つまり形だけのものであった、と私は考える。そもそも、 銀河2号には人工衛星を周回軌道に乗せる性能は始めからなかったと考えられる。
 
4.銀河2号の軌道について
 人工衛星を載せていないとするもうひとつの傍証としてロケットの最高高度が低いということが挙げられる。今回のロケットの軌道の最高高度は 300km〜500kmであったという。一般に人工衛星の場合の最高高度はこのくらい低くてよいのであるが、それにしても低すぎると私は思う。テポドン2 号は弾道弾の運搬を主たる用途としているので、もっと高い最高高度まで上がる性能は間違いなく持っている。それを人工衛星ということでわざと低めの最高高 度に設定するのは良いのだが、ここまで低くすると人工衛星を軌道に投入する際の角度範囲が狭くなるという問題が生じる。人工衛星を打ち上げたことのない北 朝鮮(1998年の「光明星1号」も虚偽である)にしてみれば、軌道を低くしても失敗の危険性が増すだけなので、人工衛星を本当に軌道に乗せたければ 500km以上の高度にまで打ち上げたはずである。
 1段目の姿勢制御に失敗して、予定に反して低い最高高度になってしまった可能性もあるが、発射をビデオを見ると垂直発射の打ち上げ直後の比較 的早い時点でロケットの傾斜を水平に近くしている。それでも太平洋まで順調に飛んでいることから、低い最高高度ははじめから意図されたものであろう。ひと 言で言えば、それはロケットにミサイル的な弾道軌道からできるだけ離れた航跡を取らせて、外国に人工衛星の打ち上げ(の失敗)として見せかける偽装工作で あったのだろう。
 
5.仮説とまとめ
 北朝鮮の今度の打ち上げが人工衛星をめざしたものでないならば、それは弾道弾の実験であったことになる。その場合の目的は、1〜2段ロケット の性能を確かめることとそれを「仮想敵国」に示すことになるだろう。そのためにに重要なのは「飛距離」と「落下位置精度」である。飛距離は長い方がよい が、ここで問題が生じる。まず、1段目が日本の領域に落ちては絶対に困る。実際に危険であるからである。どう間違っても日本海に落ちてもらわないといけな い。これで1段目の飛行距離が制限される。次に2段目があまり遠くまで飛んでは困る。アメリカを刺激しすぎて、先方が政治的・軍事的対立を先鋭化してきて は困るからである。2段目もほどほどの距離で落下してもらわねばならない。
 そこで、勝負は「落下位置精度」になる。ところが、十分なコントロール技術と経験を持たない北朝鮮にとってはこれがいちばんの問題である。人 工衛星とミサイルの違いはここにある。人工衛星は何百km軌道がずれてもまあ回ってくれれば成功である。爆弾をつんだミサイルは正しい標的に落とさなけれ ばならない。何百kmも狙いがはずれるミサイルは絶対に実用にならない。(この理由によって、今までミサイルで戦争に勝った国はない。通常爆弾の一発で敵 の本拠をしとめることができていないからである。) ミサイルの落下精度情報は最高軍事機密に属し、今回の銀河2号の2段目の落下場所は、北朝鮮も日本も アメリカも公表していないし、マスコミも報道してないが、 北朝鮮はアメリカにほどほどの落下精度を見せるために、事前に落下場所を国際機関に通告し、そ の場所付近に落とすことを最優先に狙ったと考えられる。そのためには、2段目の到達性能に対してより近い余裕のある落下場所を設定して最高高度も低めに設 定するのが精度を上げるのに好都合である。また、2段目のスピードは低い方がよい。おそらく3段目に余分の重量を積んでハンディ調整をして、2段目が予定 された落下場所に近いところに落ちるようめざしたものと思われる。結果がどうなったかのかは正確な発表がなされていないのでわからないが、まあまあ近いと ころに落ちたのではないか。
 
 以上、銀河2号は、人工衛星は積んでないが、外見上は人工衛星の打ち上げ失敗に十分に見えるような発射ビデオと飛行経路をデモンストレーショ ンできたと私は見る。さらに、そのことによって、ミサイルの時に役に立つ落下場所精度を上げることも試みることができた。もしうまくいったのなら、アメリ カにその性能を見せつけることもできただろう。「人工衛星を軌道に乗せた」というウソをはじめからつくつもりだったので無駄な努力をはらう手間をさけるこ ともできた。日本を危険にさらすことも、アメリカを過度に刺激することも避けられた。北朝鮮にとってはもっとも都合よくすすんだのではないか。もちろん、 このよう好都合が幸運によって得られるはずもない。はじめからそのように意図的に仕組まれたものであったはずである。
 日本政府はこれを「ミサイル」と断定した。人工衛星を積んでいなかったと見たという意味ではこの判断はおそらく正しいだろう。それでも、国連 で人工衛星かミサイルかを特定しない議長声明を採択させたのは、今後を見据えた対抗策として有効なものだったと言えるだろう。ミサイルと人工衛星の打ち上 げは決して同じものではない。しかし、北朝鮮自身もそれを意図的に区別していないのである。
 
  最後になったが、北朝鮮のみならず世界の各国に、宇宙の平和利用を徹底させることを求め、殺戮や自然破壊のために宇宙空間を利用することがないよう深く反 省と自戒を求めるものである。

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