二十八宿和名考(中)
上原 貞治
3.西方白虎七宿の和名の考察
○ 奎(ケイ とかきぼし)
アンドロメダ座の本体部分(すなわちアンドロメダ女王の身体にあたる部分)である。漢字の「奎」は豚のことで、この漢字の形象は豚の形をかた
どったものらしい。王女と豚の身体が同じ形と主張するのは多少不穏当と思われるが、「奎」の文字の形とアンドロメダ座の形はまあよく似ているのではないか
という印象である。野尻氏は、「とかき」を「斗掻き」と解釈し、ひしゃくあるいは升に盛った穀物を掻きならすための棒のこととしている。ペガススの大方形
は「ますがたぼし(枡形星)」なので、この解釈で問題はないだろう。それで、野尻氏はこの「とかきぼし」を日本の民間和名に分類しているが、実際に民間で
の伝承が確認された明瞭な形跡はない。
○ 婁(ロウ たたらぼし)
おひつじ座の本体部分の平べったい三角形をさす。野尻氏は、「たたら」をたたら製鉄に使われた「ふいご」の形状によるものとしている。日本の
たたら製鉄ではシーソー板状のペダルが着いたふいごが使われていたことがあるので、形状的にこれで適当であるといえるだろう。
○ 胃(イ えきへぼし)
おひつじ座からおうし座に移るところにある正三角形状の小さいな星を指す。「胃」というのは内臓を直接指すのではなく食料貯蔵庫のことだとい
う。野尻氏は「えきへ」の「え」は「イ」の訛ったものかとしているが、たった一音の説明であるし、仮に「いきへぼし」であっても何のことかわからない。そ
もそも食料貯蔵庫や内臓と関わらねばならないような理由はあまりありそうにないので、これは「胃」とは関係のない和名と解釈した方が良さそうに思える。こ
れはかなりの難問である。
「駅経星(えきへぼし)」という解釈を考えてみた。ここは、婁宿、胃宿、昴宿とサイズの小さい星宿が三つぽつんぽつんと離れながら並んでい
る。これを「駅」が並んでいるのにたとえて、婁宿と昴宿は目立つので大きな駅、胃宿はやや暗いのでそこを「経て行くべき」田舎の通過駅と見るのである。な
お、昔のことであるから鉄道の駅であるはずはなく、馬車あるいは飛脚の詰所のようなもの、あるいは宿場町のようなものを思い浮かべてほしい。でも、小さい
二十八宿を「駅経星」と呼ぶならば、他にも当てはまるものがありそうである。
○ 昴(ボウ すばるぼし)、
有名な「すばる」(M45星団)のことである。解釈には何の問題もない。ちなみに「スバル」というのは和語で、宝玉が数珠繋ぎになった身体装
飾具を指す、というのが一般的な解釈である。
○ 畢(ヒツ あめふりぼし)
ヒヤデス星団のことであるが、この星団は昔から天気占いで雨の予報を出すとされている。そもそも「ヒヤデス」という言葉自体が「雨降り」に由
来するらしい。それが中国にも伝わり、日本にまで伝わったものであろう。なぜこの星団が雨と関係するのかを詮索したくなるが、それはギリシアの問題になる
のでここでは議論しない。
○ 觜(シ とろきぼし)
オリオン座の頭部の細かい星がカシャカシャと集まっている部分である。野尻氏は意味不明としながらも、「鷹に餌をやる板をトロイタという」と
いうことを紹介している。「觜」はクチバシ(嘴)のことであり、鷹の餌との相性はいいだろう。でも「トロイタ」を「トロキ」と呼ぶのか、「トロ」がクチバ
シのことなのかは疑問である。
「星のふるさと」の著者として知られる鈴木壽壽子氏は、「燈籠着」(とろぎ)に由来するではないかと指摘している。燈籠着というのは、京都の
北のほうにある八瀬の「赦免地踊」で女装した少年が頭に燈籠を乗せて歩くのだが、その少年のことをこう呼ぶのだそうだ。氏のコメントの通りすくっと立った
オリオンの頭部を少年の頭上の燈籠と結びつければなかなか良い絵になりそうである。(*)
私は、「タルキ星」(垂木星)の転訛を考えてみた。タルキ→トロキは大きな問題はないと思う。垂木とは日本建築の屋根の傾斜を支えるやや細め
の木材のことで、三角形になってオリオン本体(四角形)の上に載っている觜宿は、家の屋根のてっぺんの形状と共通しているのではないか。
○ 参(シン からすきぼし)
「参」はシンと読むが、数字の参(三)のことでオリオンの三つ星である。「からすきぼし」は、三つ星と小三つ星の6星に与えられたよく知られ
た和名で、星の配置から農具の唐鋤(からすき)をかたどったものである。「三つ星」、「サカマス」、「カラスキ」がオリオンの三つ星付近の和名のトップス
リーといえるだろう。
4.南方朱雀七宿の和名の考察
○ 井(セイ ちちりぼし)
井宿はふたご座に当たり、「井」はふたご座の形を表しているという。これは、なるほどとうなずける。さて、「ちちり」とは何か。野尻氏の指摘
にあるように「松ぼっくり」のことをチチリというそうだが、ふたご座が特に松ぼっくりに似ているわけでもない。縦長でヒダのようなものが出ているところは
似てなくもないが、野尻氏も説得力があるとは考えられなかった。
まず思いつくのは、「たたらぼし」(tatara)と「ちちりぼし」(titiri)との発声上の関連である。でもそれに意味があるとはくみ
取れない。案外関係ありそうなのは、「井」という漢字をカタカナの3文字「チチリ」に分解できるということである。「井」がふたご座との連想がすでにあっ
て、もとは形が似ている「并」(ならぶ)だったとすると、この漢字の旧字体は図のようにきれいに「チチリ」に分解できる。判じ物であろうか。
○鬼(キ たまをのぼし)
かに座のプレセペ星団(M44)は中国では「積尸気」(ししき)と呼ばれ、死体から立ちのぼる気体を指しているらしいが、これは何とも気持ち
悪い連想である。これと関連づけると、鬼(たまをの)というのは「魂魄」=たましいのことなのであろう。でも、「たま」は良いとしても「をの」が何のこと
かわからない。「『たまを』の星」なのかもしれないがそれもよくわからない。「を」は「緒」であろうか。
○ 柳(リュウ ぬりこぼし)
柳宿はうみへび座の東部に当たる。なぜ「柳」が「ぬりこ」なのか。野尻氏によると、「ぬりこ」とは三方が壁になった行き止まりのような部屋を
指すという。このような部屋は洋風建築では普通の存在だが、日本家屋では珍しいのではないか。そうなら「柱と柱の間を壁として『塗り込』めた」という意味
と見て良かろう。うみへび座の頭はそれなりの大きさがあるが、あとは蛇の首から胴体に向かう一方向にしか伸びていないので、まあ「ぬりこ」といえば、蛇の
頭は確かにぬりこである。
「ぬりこ」を素直に解釈すれば「塗り籠」であろう。柔らかい「柳の枝」を編んで籠(かご)を作り、それにうるしを塗って「柳=ぬりこ」だとい
うのもいけるのではないか。さらにいうと、うみへび座の頭は粒のそろった星が網目状に集まっており、籠のように見えないこともない。
○ 星(セイ ほとをりぼし)
二十八宿のひとつが「星宿」とはこれいかに。それをいうなら二十八宿はすべて星宿だが、ここでいう「星宿」はうみへび座の主星アルファルドを
指すという。「ほとをりぼし」はオレンジ色で孤立して燃えさかっているようなこの星のイメージに関連して、「火り(ほとおり)」星ではないかと野尻氏は指
摘する。イメージとしては問題ないが、それなら「ほとをり」ではなくて「ほとほり」ではないか。音は似ているが「ほとをり」と「ほとほり」では音感的には
かなり違う。方言で発声が違った可能性もあるかもしれない。
「ほとをり」を文字通りに解釈すると「程居り」つまり「一定の時間同じところに居続ける」という意味になる。アルファルドのような中途半端な
高さで孤立して南中する星は、長時間、南天にあるような印象を与えるので、これはふさわしいイメージではないか。「程居り星」で悪くないだろう。
○ 張(チョウ ちりこぼし)
うみへび座の胴体の途中部分である。朱雀の翼が「張っている」ところにあたるという。「ちりこ」とは何か。細かい星がちりぢりにある、という意味かもしれ
ないが、それなら多くの星宿に当てはまってしまう。それから、ここは特に星の密度が高いわけではない。「ちちり」、「ぬりこ」、「ちりこ」とにたような名
前が多い。どうも安易な命名がされているようである。
「チョウ(張)」の音と関係あるかもしれない。たとえば、朱雀同様やはり羽のある蝶のことを「チョウコ」と呼ぶ方言があるので、「ちょうこぼし」→「ちり
こぼし」。ちょっと無理か。(参考: オリオン座に「ちょうこぼし」の和名を与えている地方がある)
○ 翼(ヨク たすきぼし)
コップ座のあたりの星が横に翼のように伸びている様子を表したもので、朱鳥の翼に当たるという。野尻氏によると、「たすきぼし」は「翼く(た
すく)」から来ているという。この「翼く」は「翼賛」、「補翼」などの熟語に見るように「支援する」という意味なのであろう。それよりも、もっと庶民的
に、背中にX字にかけるタスキ(襷)を翼が背中についているかたちと連想づけて「襷星」でも良いのではないか。翼宿の星の並びのかたちも襷に見えないこと
はない。
○ 軫(シン みつかけぼし)
からす座のことで、これを車に喩えたものである。箱形の牛車のようなものを思い浮かべれば、からす座はそのように見えなくもない。さて、「み
つかけ」とはなにか。まず、思いつくのは「軫」の字の作りに三が斜めにかかっていて(彡)「三つ掛け」
ということであるが、これで納得できる人は少ないだろう。では、「みづかげ」(水陰)というのはどうだろう。これは「水のほとり」、つまり、うみへび座を
河川と見てそのほとりにある星座という意味である。ただし、
南方朱雀七宿では、うみへび座全体は朱雀の身体に当たるので、これを川と解釈することは苦しいかもしれない。
せっかくの連載なので、次回に全体を通した二十八宿の和名の起源に関する考察を述べたい。
参考文献(*)鈴木壽壽子 「たより・觜宿の和名について」、「天界」1979年9月号 248.
謝辞 上記の文献についてお知らせ下さりコピーを送って下さいました、天文に関するブログ(下のURL)を開設しておられる
「霞ヶ浦天体観測隊」さんに感謝致します。
http://kasuten.blog81.fc2.com/
(つづく)
今号表紙に戻る