二十八宿和名考(上)
上原 貞治
「二十八宿」というのは、中国古来の黄道星座のことで、西洋占星術に出てくるいわゆる「黄道十二星座」の東洋版である。西洋では、月ごとの太陽の位置が重
視されたので12の星座であるが、東洋では、ひと月の月の移動が問題になったので28の星座になったらしい。(月が星座の間を巡る公転周期は27.5日で
ある)
この「二十八宿」にはわけのわからない和名がついていて、しばしば考証の対象となる。有名なところでは、新村出氏の「二十八宿の和名」、野尻
抱影氏の「二十八宿の訳名−−高松塚の星天井−−」(「日本星名事典」に収録)がある。しかし、和名の日本語の意味が明瞭でなく、新村氏はほぼ問題提起を
しているだけでほとんど解釈を挙げていない。野尻氏も解釈に苦労しているようである。ここでは、あとから生まれた者と利点として、私が大胆にもこのお二人
を乗り越えるべく二十八宿の和名の解釈に再挑戦する。
なお、「二十八宿」は「にじゅうはちしゅう」と読むのが正式だそうだが、気楽に「にじゅうはっしゅく」と読んでいただいて問題ないと思う。
0.二十八宿の和名
二十八宿は、7星座ずつ、方位に配置された四神(神獣)に分割されており、「東方青龍」、「北方玄武」、「西方白虎」、「南方朱雀」の4グ
ループに分けられる。黄道十二星座と同じく東向きに黄道付近を一周しているが、出発点は西洋流の春分点ではなく秋分点の近くになっている。
これらの星座を「東北西南」の順に並べているのは、天の北極を中心とした星図を平面(天井のような面)に書いてこれを天上世界の地図にした時に、東西南北
の方向を当てはめたものであろう。それぞれの星のつながりを、四神の姿になぞらえるということも行われているが、こじつけに近いように感じられる。
二十八宿には、以下のような漢名と和名がある。片仮名で書かれているのが漢名の慣用的な呼び名で、例えば、角宿、亢宿は、それぞれ、すなおに
「カクシュク」、「コウシュク」と読めばよい。一方、平仮名で書いたものが問題の和名である。文献によって、多少の異同があるが、ここでは、多数派、ある
いはより慣用されているものを取り上げた。(漢名については現代仮名遣いであるが、和名については考証の都合上、歴史的仮名遣いにしている)(「銀河鉄
道」WWW第27号の表紙写真の星図に虚宿〜婁宿がでている)
東方青龍: 角(カク すぼし)、 亢(コウ あみぼし)、
(テイ ともぼし)、 房
(ボウ そひぼし)、心(シン なかごぼし)、尾(ビ あしたれぼし)、 箕(キ みぼし)
北方玄武: 斗(ト ひきつぼし)、牛(ギュウ いなみぼし)、 女(ジョ うるきぼし)、
虚(キョ とみてぼし)、危(キ うみやめぼし)、室(シツ はつゐぼし)、 壁(ヘキ なまめぼし)
西方白虎:
奎(ケイ とかきぼし)、婁(ロウ たたらぼし)、胃(イ えきへぼし)、昴(ボウ すばるぼし)、畢(ヒツ あめふりぼし)、觜(シ とろきぼし)、参
(シン からすきぼし)
南方朱雀: 井(セイ ちちりぼし)、
鬼(キ たまをのぼし)、柳(リュウ ぬりこぼし)、星(セイ ほとをりぼし)、張(チョウ ちりこぼし)、翼(ヨク たすきぼし)、軫(シン みつかけ
ぼし)
これらの和名は、民間で使われている星の和名とも一部を除けばあまり共通しておらず、野尻抱影氏はこれを「訳名」としているが、漢名の直接的
な訳になっていることが一見明瞭な名前はほとんど無い。何とも言えない怪しげな名前としかいいようのないものが多い。
1.東方青龍七宿の和名の考察
○ 角(カク すぼし)
おとめ座のスピカを含む二星のことである。「すぼし」は「角」を「すみ」と読んで、「すみぼし」が訛ったものと考えて良いだろう。新村氏、野
尻氏の解釈の通りである。
○ 亢(コウ あみぼし)
野尻氏は意味不明としている。スピカの東方にある4つの小星がカーブを描いているのがこれにあたるが、そのカーブを漁業用の「網」と見立てる
のはどうだろうか。そういう呼称が漁民の間にあったのかもしれないが、現在確認されているわけではない。また、別の案として、「亢」を「アタる」と訓読み
して、「アテボシ」と書いたものが、読み違えて「アミボシ」となったのかもしれない。
○
(テイ ともぼし)
てんびん座の秤のぶらさがった2つの皿に対応する4星である。野尻氏は、「
」は「根柢」の「柢」と同じで「根もと」の意味だから、「もとぼし」が転倒し
たものらしいとしている。この解釈で問題はないだろう。しかし、2つで1セットになった天秤皿のイメージを生かすならば、「伴星」(あるいは「朋星」)と
いう解釈もあるのではないか。
○ 房 (ボウ そひぼし)
さそり座の頭に当たる星である。次の「心」をセンタールームと見て、これはその付属の部屋という意味で「房」と呼ばれているのだから、その線
上の意味で「添星」という解釈でおおかたに異論のないところであろう。
○心(シン なかごぼし)
さそり座のアンタレスを中心とした3星である。西洋ではサソリの心臓、東洋では青龍の心臓である。「中ゴ星」に違いないだろうが、「ゴ」は何
だろうか。東北弁ではないだろうから、擬人化した「中子星」か。 口調を整えるために入っているだけかもしれない。
○尾(ビ あしたれぼし)
青龍の垂れ下がったシッポであり、サソリのシッポでもある。「足垂れ星」で無理がない、と野尻氏はしているが、その通りだと思う。
○箕(キ みぼし)
いて座の西南部の四辺形を指す。農具の箕(み)の格好をしているので、箕宿であり、箕星である。二十八宿の和名のうちでも、もっとも単純な漢
名の和訳と言えるものである。ただし、野尻氏の調査にある通り、日本の民間では、「みぼし」と言えば、いて座の東部にある南斗六星のマスの部分(次の斗
宿)を指すのが一般である。
2.北方玄武七宿の和名の考察
○ 斗(ト ひきつぼし)
いて座の南斗六星を指す。斗というのは、北斗と同様、「ひしゃく」のことである。野尻氏は「ひきつぼし」を意味不明としている。「キツ」は、
古語あるいは方言で桶かお碗のような水や穀物を掬って入れる容器を指す。ひしゃくの「ひ」は柄がついていることだとすると、「ひきつ」は桶に柄がついたも
の、すなわちやはり「ひしゃく」のことになる。ただ、ひしゃくのことを「ひきつ」と呼んでいたかどうかについては未確認である。
○牛(ギュウ いなみぼし)
やぎ座の東部に当たる。西洋のヤギと「牛」に関連があるかは不明である。西洋星座と東洋星座のあいだには、伝搬とも偶然とも判定できないつか
ず離れずの連想のあるものがあって興味が尽きない。
さて、いなみぼしは「稲見星」で農村で言われたものではないかという。「牛」とは関係ないのであろう。「稲見」とは農業に関係する作業あるい
は地名に由来するのであろうが、私はよく知らない。
○女(ジョ うるきぼし)
「牛」と「女」は、牽牛織女に対応するものであるが、二十八宿のそれらは、アルタイルとヴェガではないので、早とちりをしないよう注意を要す
る。でも、漢名で男女一対の星宿と見られていたことは間違いない。しかし、和名の「イナミ」、「ウルキ」は男女の対応が逆になっている。「ミ」「キ」はそ
れぞれ女性と男性を表す音で、イザナキ・イザナミの例から、それは明らかであろう。この点から見て、和名は漢名とはまったく違うところから由来しているの
でようだ。もし、この和名が「稲見星」とセットになっていて、これも稲に関係していると見れば、「粳星」(ウルチボシ)というのはどうであろうか。「チ」
が「キ」に読み違えられたとするのである。ちなみに「うるち」とは、もち米でない普通のお米のことである。秋の星座なので、稲や米との相性はよい。
○虚(キョ とみてぼし)
みずがめ座の明るい星の乏しい星域である。「とみて」とは何か。野尻氏は意味不明としているが、これは難問である。広島弁で物が使い切って無
くなることを「ミテる」というがそれと関係あるかもしれない。実は、これは忌み言葉の反語らしく、全部をめでたく使って(あるいは売り尽くして)無くなっ
たことを「なくなる」と言ってしまったのでは縁起が悪いので、わざと「満てる」と言ったらしい。虚宿を「何もない」と呼んだのでは縁起がよろしくないの
で、「富て星」あるいは「と満て星」と呼んだのではないか。
○危(キ うみやめぼし)
みずがめ座の4星で、やはり明るい星がないので危ない、ということで「危宿」なのであろう。野尻氏は「産みやめ」とすれば「危」に通じるので
はないか、と言っている。そうだとすると、こちらはダイレクトに不吉である。また、野尻氏によると、星座でこのあたりは「玄武」(亀に蛇が巻き付いた神
獣)の甲羅にあたるという。それなら「海亀星」はどうだろう。「ウミカメホシ」の「カ」を「ヤ」と読み間違えてもらうだけでよい。玄武は海亀ではないが、
日本人が空を悠々と進む大きな亀をイメージするならば、それは海亀しかないだろう。 または、「海山星」かもしれない。昔の一般の日本人にとって海や山は
代表的な「危険」なところだから。
○室(シツ はつゐぼし)
ペガススの大方形の西側の辺の二星である。「室」は大方形を部屋と見たものである。野尻氏は、「はつゐ」を部屋の意味としている。「ゐ」は
「座っている」の意味だとすれそれで良いであろう。では、「はつ」は何か。野尻氏は、「ハシヰ(端居)」が「ハツヰ」になったという説も挙げている。
それもあるかもしれないが、大方形のような広大な部屋で端居というのもおかしいような気がする。船が停泊することを「はつ(泊つ)」というので、旅館の客
室のことを「はつゐ」と呼んだのかもしれない。それなら広いほうがありがたい。
○壁(ヘキ なまめぼし)
ペガススの大方形の東側の辺の二星で、部屋の壁ということであろう。野尻氏は、「なまこ壁を思ったが、意味不明」としている。
野尻氏は冗談のつもりだろうが、なまこ壁は四角いタイルで区切られているので、ペガススの大方形と似ていないわけではない。生の海草のことを「なまめ」と
いうらしいが、あまり関連は無さそうである。農業に関係するとするならば、「菜豆星」が平和でよいかもしれない。それから大きなさやに入った豆として「ナ
タマメ」というのもある。これなら、大きな部屋とイメージが通じるが「ナタマメ星」というのは相当苦しい。
(つづく)
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