古天文学入門(上)
上原 貞治
 
 
天文学は非常に古くからある学問分野であるとともに、最近急速な発展を遂げた分野でもあります。これほどの歴史があって、かつ、長い間に渡って進歩が続いて来た学問は他にはないでしょう。
 天文学は最近急速に進歩したので、過去の天文観測記録はもう役に立たないのでしょうか。いえいえ、そんなことはありません。過去の天文観測は現在でも非常に有用なので、すでに様々な研究に活用されています。それどころか多くの有用な観測記録が十分活用されていないという「もったいない」状況にあるように思います。
 ここでは、古い天文観測記録を生かす研究をリストアップし、読者の方々のさらなる研究と実践に期待したいと思います。
 
0.分類分け
 用語の定義は人によって違うので、ここで述べることばの定義は本稿のみで定義されたものとして下さい。 ここでは、(以下「ここでは」は略します)「古天文学」は、昔の(たとえば100年以上前の)天文観測記録を使う研究を指します。それらは、さらに、天文考古学、天文文献学、考古天文学に分類されます。
 天文考古学は、おもに、考古学のために天文記録を利用する分野を指します。考古学というのは、おもに文献記録が残っていない遠い過去のことを研究する学問です。しかし、文献が残っているエジプトやメソポタミアの古代文明を研究も一部には考古学と呼ばれているので、その境界は私にはよくわかりません。いずれにせよ、古代の天文に関するすべての遺物を古代史の研究のために利用するのが「天文考古学」です。
 「天文文献学」は、天文考古学よりもやや新しい歴史時代を研究する分野で、はっきりと天文現象を明示している文献によって、古代、中世、近世 の歴史を研究する分野といえます。ただ、当時すでに学問として行われていた天文学や暦学に関して研究する分野は、直接的に「科学史」、「天文学史」に属しますので、ここにいう「古天文学」には含めません。歴史だけにとどまらず、文学や人類学、民俗学の範囲も含まれることになるでしょう。
 最後の「考古天文学」は、おもに現在の天文学の進展のために、過去の観測を利用する分野を指します。天文学の進歩に有用なのはおもに最新の観測ですが、天文学は長い期間の観測記録や、めったに起こらない天文現象の記録が非常に役に立つ分野ですので、古い観測が最前線の学問に貢献する場合があるわけです。この場合、たとえ、文字で書かれた文献にその観測が記録されていても「考古天文学」と呼ぶことにしましょう。それは、その文献を残した人がその観測について、私たちの時代でどのように役に立つかという価値に気が付いていなかったと思われるためです。この場合に、観測記録の価値づけるのは、その文献を書いた人ではなく、現代の天文学者なのです。
 
 
1.天文考古学
 天文考古学の史料は、明瞭な天文記録でない場合がほとんどです。明瞭な記録の場合は、「天文文献学」のほうに含めてしまうことにしましょう。
 古い時代の人々にとっては、天文現象は様々な意味で重要であったと思われます。暦は日々の生活や行政上必要不可欠ですし、天文現象が予言や王権の権威付けに利用されたことは周知の事実です。また、数学や建築の進歩を促したこともあったでしょう。
 天文考古学で扱われるのは、まずは、天文と関係していると思われる遺跡です。例えば、ピラミッドや平城京の基線が、東西南北の方向と一致して建設されていることはよく知られています。これらは天体観測に基づいて設定されたと考えられますので、その測定方法や精度を明らかにすることによって、当時の科学技術の水準の一端に迫ることができます。いうまでもなく、これらの精度は当時の技術水準をダイレクトに反映していると考えることができるからです。
 また、古代中南米文化の遺跡やストーンヘンジのような遺物においては、それが天文と関係しているという事実によって未知の古代文明の性格付けをするところまで話をすすめることができます。天文現象は、客観的、普遍的な現象ですので、未知の古代文明の謎を解く際に大いに役に立ちます。マヤ文字は長い間解読することが困難でしたが、まず、暦の部分が解読され、それから歴史事件の解読へと研究が進みました。また、それはマヤ文明における独特の宇宙観、宗教観にまで立ち入ることを可能にしました。この研究は文字の解読から始まって、マヤ国家群の滅亡の原因にまで迫ることができるようになったわけで、天文考古学の大きな成果であるといえます。一方のストーンヘンジは、太陽の動きに対応して儀式をしたり、日食の計算をするための施設であったとされています。そうであればかれば、ストーンヘンジを利用した人々の間で天文計算に秀でた神官が尊敬されていたであろうことが推測されます。
 その他、天文現象の「記録」がどのように歴史・考古学史に利用できるかということについてですが、それは研究する人の側でいろいろな可能性を追求していただくと良いと思います。今後は、利用範囲を民族学や民俗学にまで広げて考えることも重要でしょう。また、過去の太陽活動の変動に起因する自然現象や人間活動の変化(たとえば、農業や民族大移動などに関するもの)というようなものも、それを自然史、人類史の視点で捉えるならば、広い意味で天文考古学にふくめることができるでしょう。
(つづく)