月面反射通信実験を見学して
        
福井 雅之
はじめに
「今回2番目に遠くから来たお友達は静岡県田方郡函南町の福井智也君です。」とわが息子を紹介されて小中学生向けにEMEの説明会が始まりました。
NHKのニュースで紹介されたのでご存知の方もおられるかもしれませんが3/3(土)KDDI茨城衛星通信センターで行われたビッグディシュプロジェクトEME公開実験に小6の子供を連れて行ってきましたのでその報告をします。
 
「何で天文同好会誌に無線の記事を?」と言われそうですが私が子供の頃からの趣味である「無線」と「天文」は結構近い関係にあるということでご容赦ください。
海外通信手段として長らく君臨してきたHF(短波帯)通信は電離層の反射によるもので、その飛び具合は約11年の太陽活動のサイクルに大きく依存します。
またあまり実用的ではないのですが、VHF(超短波帯)を使った流星反射は大気圏に突入した流星の周りが一瞬電離されることを利用した通信で、遠くのFM放送局が数秒間聞こえる感動はなかなかのものです。
直接の天文現象ではありませんが、プロの通信手段として重要なポジションを占めている人工衛星を使った衛星通信もあります。アマチュア無線の世界でもこれを楽しんでおられる方は結構多く周回衛星を追ってアンテナを自動追尾する様子は望遠鏡が星を追う赤道儀の動き(実際は経緯台ですが…)に似ています。
そしてアマチュアの世界で最も難易度の高いのが今回ご紹介するEMEと呼ばれる月面反射通信です。
 
EME(月面反射通信)とは
無線通信は、見通し距離間の直接波通信以外はそのほとんどが反射を利用しています。私の住んでいる静岡県田方郡というところは、東京まで約100kmと近いにも関わらず、箱根の山々にさえぎられて直接波での通信ができません。しかしアンテナを北に向けると関東方面の電波が強くなり、これが富士山反射であることは経験的に知られています。先に紹介した電離層反射や流星反射もそうですが、電波は反射によって遠くまで届くようになるのです。
この反射物体を約36万km離れた月にしたのがEME月面反射通信です。月が同時に見える地球のほぼ半球が交信エリアとなり、月出から月入まで運用を続けるとほぼ世界中と交信できることになります。また月を往復して返って来るのに約2.5秒かかることから、送信から受信に移った際に自分のエコーバック信号が聞けるのもEMEのおもしろさです。ただ、ぶつける対象が非常に遠いことから「大きな出力を出せる送信設備」「弱いエコー信号が復調できる耳のいい受信設備」「ゲインの高い巨大なアンテナと追尾装置」が必要なことから技術力と資金力がある一部のアマチュアしか手が出せず、大きな普及には至ってません。また大規模な設備を使ってもノイズに埋もれた蚊の泣くような小さな信号しか返ってこないことから一般的に音声通話は難しく電信やデータ通信が主に使われているようです。
このような通信ですので、より大きなアンテナで強力なエコー信号で通信したいというのはアマチュアの願いであり、私も巨大なパラボラアンテナを見るとEMEで使えないものかと考えることがよくありました。
 
KDDI茨城衛星通信センターでのEME実験
KDDI茨城衛星通信センターは、日本の衛星通信発祥の地でありNHKプロジェクトXでもその開設の苦労が紹介されました。ここで電波を受けた日本の初めてのTV中継がケネディ大統領暗殺のニュースであったという話はあまりに有名です。
しかし昨今、衛星通信よりも海底ケーブルが中心になったことに加え、衛星性能・通信技術の向上により巨大なアンテナは役割を終えてきており、茨城のセンターはこの春で活動を終え山口の同センターに機能を吸収させることになりました。
そこでアマチュアのEME愛好家が目をつけたのがこの32mの巨大カセグレンアンテナです。交渉の結果2基あるアンテナの1基をKDDIから約2ヶ月お借りしてEMEの通信実験を行わせてもらうことになったのです。(カセグレンアンテナというのは同名の望遠鏡と同じ原理で、32mの主鏡の反射波をその手前の副鏡で再反射させ主鏡の中央で焦点を結ぶというもので、形は反射が1回のパラボラアンテナに似ています。)
運用に当たって月の動きに合わせたアンテナの追尾はKDDIの方々に全面協力いただいたそうですが、運用周波数144MHz/430MHz/1.2GHz/5.6GHz4波をそれぞれどのように給電するかはアマチュアの腕の見せ所で結構ご苦労があったようです。
今月のCQ誌5月号でプロジェクトの報告をされていますが、アンテナは当初期待以上の性能を発揮し300局以上と交信でき、実験は大成功に終わったとのことです。関係各位のご苦労は大変なものだったと思います。見学に参加させていただいた私も1アマチュア無線家の1人としてもうれしい限りです。
3/3見学の途中でセンターの方に伺ったのですが、この巨大カセグレンアンテナは電波望遠鏡として生まれ変わるそうです。今後は、野辺山その他全世界の電波望遠鏡と連携して天文学の分野で新たな活躍をしてくれるものと期待しています。


 EMEアンテナ遠景

 
 
 EMEアンテナ近景

  
 
3/3(土)の見学会
前置きが長くなりましたが見学会の模様を簡単に紹介します。
このプロジェクトの計画と見学会開催を知ったのは1月発行のCQ誌でした。その後、HPによる見学会募集を見た時は既に定員オーバーでくやしい思いをしていました。以降何度かHPを覗き小中学生向けの枠が追加募集されるのを発見し直ぐに申し込み手続きを完了しました。一緒に行ってくれるのは私の3人目の小6の息子。本人は無線には全く興味はなく、このイベントにもそんなに行きたがっていませんでしたが無理やり連れて行くことにしました。
10時に家を出て、東名・首都高・常磐自動車道を通り14時にセンターのある高萩市に到着。時間がないので吉野屋で牛丼をかきこんでセンターに入ったのは見学会開始30分前でした。
見学会に参加したのは1次募集の方と小中学生+付き添いの親あわせて100名くらい。KDDIからauの携帯ストラップに加えひなまつりの日だったことから菱餅をおみやげにいただいた粋な心遣いがうれしかったです。
15:00からKDDI茨城の紹介とEMEの説明を受けた後、センターの施設内を見学させていただきました。今回使用しなかったもう1つの32mカセグレンアンテナの駆動部まで登らせていただきあらためてその巨大さを確認できました。誰かが「アンテナの掃除はどうするのですか?」と聞いたところ「雨できれいになります」と説明いただきなるほどと思いました。
月出の17:30を待っていよいよ交信の見学をさせていただきました。巨大アンテナの建物の1Fに入らせていただいたらそこは見慣れたアマチュア無線のシャック(無線室)そのもの、バンド毎の無線機が所狭しと並んでいました。
今回見学させていただいたのは1.2GHzでの運用実験。最初にプロジェクト代表のJH1KRC渡辺さんが電信で特別局のコールサイン8N1EMEのコールを打つと後半2.5秒のコールバックがはっきり聞こえたのにまず感動し、受信機のSメータが9を振っていることにあらためてアンテナの性能に高さに驚かされました。実際の交信も通常のHFでのそれと何ら変わらずEMEと信じられないほど明瞭なものでした。
今回は子供を招待した公開実験だったことから、オペレータの渡辺さんの計らいで隣に1人づつ子供を座らせ、その子供の名前を渡辺さんがEME通信で北米のEME局に送りそれを呼び返してもらうというサービスがありました。日本→月→アメリカ/アメリカ→月→日本という月を2往復して自分の名前が電波で飛ぶということに子供達は喜んでいました。わが息子もtomoyaというスペルを先方に送ってもらい名前を呼び返してもらったときは感動したようです。

 EME実験の第4アンテナへ向かう見学者

  

 交信風景

  

 名前を送る渡辺さんとわが息子の智也

 

また、第1級アマチュア無線技士の資格を持った小5の子供が急遽飛び入りで交信をさせてもらうというハプニングもありました(EMEは500Wの出力であることから1アマの資格が必要)。日本に小5で1アマがいたとは驚きで(恥ずかしながら私は半年前にやっと取得した資格です)たどたどしいながらも英語で交信していた姿に私の子供もしきりに関心していました。(少しは刺激になったかも??)
当日は宿泊の手配をしていなかったので、18:30に部屋を出て一路自宅への帰路につきました。
携帯・パソコンの普及によりアマチュア無線の人口が減ってきている現在、自分のやりたいテーマに絞ればアマチュア無線もまだまだ楽しめる世界があることを実感しました。一緒に連れて行った子供に無線をやってほしいとは思いませんが、何か打ち込めるものを探すきっかけになってくれればと思っています。
やはり天文とは程遠い記事になってしまいました。32mのアンテナの向こうに今まさに電波をぶつけている満月が輝いていたことを最後に記しておきます。
 

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