太陽系の衛星 (第1回)
上原 貞治
太陽系でいちばん質量の大きい天体は何か? それは太陽である。では次は? 惑星で正解としよう。次は、小惑星? いや違うのである。衛星である。
太陽系の衛星は、この十数年間で多数が発見され、すっかり様変わりしてしまった。私が子供の頃は、太陽系の衛星といえば、地球に1個、火星に2個、木星に12個、土星に9個(あるいは10個)、天王星に5個、海王星に2個と憶えてそれでよかった。では、今はどうなったか。私は数の即答すらできない。だから、最近の太陽系の衛星の状況を一応の知識にしておくことに本稿を書くことにした。
ここでは、衛星の成分や衛星表面の外観などの研究成果については最小限にしか触れない。また、太陽系の起源論についてもあまり触れないことにする。衛星の数、大きさ、軌道などの基本的な情報にとどめる。それでも、何らかの全体的なイメージを抱いてもらえるようになれば、この連載の意味はあったということになるであろう。
1.水星と金星の衛星 −− 無い
水星と金星には衛星はひとつも見つかっていない(人工衛星は勘定に入れない)。17世紀に金星に衛星があると言われていた時期があるが、現在見つかっていないのだから、これは何らかの誤認であったと考えられる。木星より外の惑星に続々と衛星が見つかっている状況からして、この2つの惑星に全く衛星が見つかっていないことは特筆すべきことである。
2.地球の衛星 −− 月だけ
さらに、不思議なことは地球には衛星が1個しか無いことである。地球の衛星は月だけである。月はその半径が地球の1/4 もあって太陽系の中でも大きい天体になるが、それ以外に衛星がまったくないというのは特筆すべきことである。
地球には、月の他に衛星があるとか、雲状の衛星があるとか言われたことがあるが、これらには何の確証もない。
さらに特筆すべき点は、月まで距離がけっこう遠いことである。つまり、月と地球との結合は弱い。月は地球の衛星というよりも、独立した惑星が地球と一緒に太陽を回っているという感じである。ここで、この連載のオリジナリティを出すために、各衛星に「非結合速度」(vb)という概念を導入しよう。これは、衛星が惑星からもっとも離れた位置(遠惑点)において、あとどれだけ速度を得ると惑星のまわりから脱出できるかという速度差である。2体の重力のみを考えて以下の式に計算することにする。
vb=sqrt(GM/Q)(sqrt(2)-sqrt(1-e))
ここで、Gは万有引力定数、Mは惑星質量、Qは円惑点距離、eは衛星軌道の離心率、
sqrt()は平方根(ルート)である。この式に従って計算すると、月の非結合速度は0.44km/sとなる。これは、今後他の衛星を紹介していくとわかるが、月のような大きな衛星どうしで比べれば、非常に小さい値である。
また、月は地球の赤道のまわりではなく、ほぼ黄道面を回っている。地球より太陽の顔をたてているのである。しかし、自転は周期は公転周期と同期しており、ここでは地球の顔をたててくれている。太陽系でもっとも特異な衛星は何か、というと、まず月を挙げることになるだろう。
2.火星の衛星−−小さいのが2つだけ
火星の衛星といえば、今も昔も「フォボス」と「デイモス」の2つだけである。スウィフトのガリバー旅行記の記述や火星人の人工天体説など、歴史上の話のネタには事欠かないが、ここではそれらの詳細は省略する。
フォボスとデイモスはいずれも非常に小さい天体で、地球の月とは比べるべくもない。しかも、比較的低い軌道を回っている。そして、この2つの衛星の他には衛星が全く見つからないというのもこれまた不思議なことである。デイモスは、フォボスより火星表面からの距離が約4倍遠い。火星表面から肉眼で見たとき、フォボスはそれなりの形が見えるだろうが、デイモスはほとんど点にしか見えないだろう。火星は、地球のおよそ半分の半径を持っているが、火星の衛星と月では全くスケールが違うことがわかっていただけるだろう。
下に、地球と火星の衛星の表を掲げる。データは、天文年鑑2006からとった。
|
衛星名 |
発見年 |
軌道半長径 |
半径(km) |
軌道傾斜角 |
vb (km/s) |
|
|
|
(万km) |
|
(度) |
|
地球 |
|
|
|
|
|
|
|
Moon (月) |
- |
38.44 |
1738 |
5.15* |
0.44 |
火星 |
|
|
|
|
|
|
M1 |
Phobos |
1877 |
0.9378 |
13.5x10.7x9.6 |
1.02 |
0.89 |
M2 |
Deimos |
1877 |
2.3459 |
7.5x6.0x5.5 |
1.82 |
0.56 |
*母惑星の公転軌道面に対する傾斜角。*の無いものは母惑星の赤道面に対する傾斜角