「家庭での宇宙人探し」体験記

                                                             上原 貞治
 

1.「家庭での宇宙人探し」とは何でしょうか?

 "seti@home"の ことを初めて知ったのは新聞を見てのことでした。もう一年近くも前のことでしょうか。"seti"というのは、"Search for Extraterrestrial Inteligence"のことでもはや普通名詞になっているようです。"@home"は、"at home"と読みます。
 これは何でもアメリカの研究所の天文学者が計画したもので、電波望遠鏡で捕まえた宇宙からの信号を家庭にあるパソコンを動員して解析し、あわよくば宇宙人からの信号を見つけてやろうというものでした。そのときは、「カタギの衆の持ち物をあてにするとは、ふてえ根性の天文学者もいたもんだ」、「自分のパソコンを提供して宇宙人探したぁ酔狂なやつもいるもんだ」と江戸弁であきれたというのが第一印象でした。
 2000年も明けた1月、たまたまこのseti@homeのインターネットホームページを見る機会がありました。そしてそれを読んでいるうちに「こいつぁハンパじゃねえ」ということがわかりました。それはこういうことです。
 まず、この計画に参加している人はなんと世界中に100万人以上いるのです。そして参加したパソコンの合計の計算時間はなんとのべ10万年以上なのです(10万時間ではありません)。これは大変な数字です。仮に100万台の計算機があって、合計10万年の計算時間なら、1台0.1年つまり1ヶ月くらいの計算時間でいいことになります。本当は1人で複数の計算機を使っている人が結構あるので(学校や企業のパソコンを使っているのでしょう)計算機の台数はもっと多く、1台あたりの計算時間はもっと少ないようです。これを関係する研究者たちの計算機だけでやろうとするとえらいことになります。パソコン100万台を少人数で操作することは不可能ですから、大型計算機を利用することになるでしょう。しかし、パソコン千台ぶんの計算能力のある大型計算機を占有できたとしても、seti@homeと同じことをしようとすると100年以上かかります。スーパーコンピュータや専用の高速計算機を使えばなんとかなるかもしれませんが、それには多額の費用か専門家による研究開発が必要となります。研究者たちはこういう方法を選びませんでした。それは当然のことだと思います。彼らは、計算機の研究をしているわけでもありませんし、数学の研究をしているわけでもありません。また、たいへん価値のある計算結果が得られる保証があるわけではありません。確率的には、たぶん、「宇宙人は見つかりませんでした」という結果が得られるだけなのです。もし万が一「見つかったらえらいことだ」というわけで万が一に賭けた研究なのです。こういう研究に特殊な計算機を導入するほど人類はまだ豊かではないのです。こういうわけで、家庭のパソコンを動員した宇宙人探しは、この規模での計画を実現できる唯一の方法だったのです。だから、これは「ふてえ根性」、「酔狂」、「ハンパ」なものではなく「やむにやまれぬ方法」だったのでした。
 
 さて、この計画ではどうやって宇宙人を捜しているのでしょうか。それはたいへん単純な方法です。プエルトリコのアレシボ天文台の直径300メートルの電波望遠鏡で空からやってくる電波を受信しそれを記録したものの中から地球外の天体からきていると思われる電波を探しているだけです。ただし天体の中には自然に電波を出しているものも多いのでそれと区別するために、非常に狭い周波数帯のみである程度の強度のある電波を探します。そのためにある程度の幅の周波数帯のデータを同時に取ります。ラジオ放送の受信にたとえますと、1000kHzから1500kHzまでのすべての周波数帯で同時に録音するようなものです。1100kHzから1150kHzまでの広い範囲に電波が同時に受信されればそれは自然の雑音と考えられますが、1233kHzだけに絞って電波が出ておればそれは人工の放送局からの信号と考えられます。単一の周波数からの電波は自然のものとは考えにくいのです(特定の分子による線スペクトルと一致している場合などは例外ですが)。
 では、地上の人間の放送とどうやって区別するのでしょうか。これも簡単です。電波望遠鏡の向いている方向は空の狭い範囲に限られており、しかも、たいていの場合地面に対して静止しています。天体は日周運動(実は地球の自転のため)で動いていきますから、特定の天体からの信号はわずか1日に12秒間しか検出できません。よって、ちょうど12秒間だけ信号が受信されればそれは宇宙からの信号なのです。
 12秒間の信号でなにがわかるとお思いになるでしょう。実は、seti@home計画は、「宇宙人からの信号を解読する」ことはめざしていません。まず見つけることが先決だ、という態度です。有力な12秒間の信号が見つかった場合は、後日、その方向に電波望遠鏡をもう一度向けて、信号が出ているかどうか確認します(そのときに宇宙人が送信をやめておればアウトです)。実際には空の同じ方向のデータが2,3回にわたって取られているので、怪しい信号のあるときは照合を行います。これで相当候補をしぼることができます。
 これだけの手続きを踏めば、怪しい信号が本当に宇宙人からのものかどうかかなりの確証をうることができるでしょう。信号の解読は天文学者の仕事ではなく、言語学者か数学者の仕事となります。
 

2.宇宙人からの信号の探し方

 さて、電波望遠鏡で受信したデータのなかからどうやって宇宙人の信号をパソコンで探すのでしょうか。雑音だらけのデータのなかから宇宙人からの信号をさがすのには、膨大な計算時間が必要ですから(だからこそseti@homeなるものが存在し得た)、観測しながら探すということは不可能です。それで、まずデータをまず磁気テープかなにかに保存します。それをあとからゆっくり読んで宇宙人を探すのです。この磁気テープ(本当は何に記録しているのか知りません。今だったらDVDの方が便利かもしれません)のデータを多くの部分に分割してその一つ一つを個々のパソコンに配り宇宙人からの信号を探してもらうのです。この方法が有効であるためには、データの分割が細かく出来ること、計算時間がかかるわりにはデータ量が少ないということが必要です。そうでなければ、計算そのものよりもデータ転送に時間がかかってしまい結局自前の計算機を使った方が早いということになりかねません。 幸いなことにseti@home では驚くほどデータが細分化されています。1回に解析に使われるデータは370KBほどです。これはフロッピーディスクの容量の1/3以下です。家庭用アナログ電話線で転送しても2分とかかりません。
 おまけに計算プログラムも単純なものでして、いろいろな工夫はされているもののこちらも圧縮すればフロッピーディスク1枚に入ってしまうものです。「フーリエ解析」とか 「ガウシアンフィット」とか高等数学の計算が含まれていますが、これらはすでに数学的・工学的に確立された「古典的な解析法」でありまして、ありていに言えば、まあありうふれた計算というわけです。ただ計算時間だけはやたらとかかります。それはこういうわけです。
 先ほど「単一の周波数」と書きましたが、実はものごとはそう簡単ではないのです。といいますのは、ドップラー効果というものがありまして、接近している星や遠ざかっている星から来る電波は周波数が変化するのです。それで12秒の間にも周波数がわずかに変化する可能性があります。そうしますと違う周波数帯に徐々に移動しながら信号を探さねばなりません。どの程度変化しているかはわかりませんのでいろいろな場合を想定して探すことになり、ここで計算時間はぐっと増えます。結局、370KBのデータを解析するには最近のパソコンでも1日くらいかかります。ということは、1日計算したあと2分だけデータ通信をすればよいことになります。家庭で協力している人の使用しているネットワークの性能や費用がほとんど問題にならないのはすばらしいことだと思います。
 

3.私もやってみました

 ということなら話の種に(銀河鉄道の種に)やってみるか、ということで私もやってみました。せっかく天文ファンを名乗っているのだから、いちどくらい「宇宙人探し」を体験してみてもいいだろうとも考えました。プログラムはインターネットでダウンロードしましたが、わずか734KBの大きさです。ゲームソフトなどと比べても決して大きいプログラムではありません。これを Windows パソコンにインストールします。このプログラムはパソコンが暇なときに画面を真っ暗にして動く「スクリーンセーバーモード」というのが組み込まれており、人間がパソコンを他の用途に使っていないときだけ計算をするというようにできます。他の仕事のじゃまをする気はないというわけですが、かわりにseti@homeが動くときはメモリ占有率とCPU稼働率がかなり上がり、占有状態に近くなるようです。それなら、seti@home専用にパソコンを動かしておく方が効率的でしょう。
 さて、どのパソコンを使うかですが、我が家にはパソコンが2台あります。2台ともWindowsの載ったノートパソコンで、一つは古いもの、もう一つは最近買ったものです。私は、あえて古くてしまい込まれていたものを引っぱり出すことにしました。再利用というわけです。また、新しいパソコンを一日中動かしておくのが嫌だという事情もあります。古いパソコンはペンティアム75MHzというめずらしいもので、新しいものより5倍くらい計算が遅いのですが、そんなことはどうでもいいのです。早くたくさん計算したところでお金がもらえるわけではないし、たかがパソコン1台ではいずれにしても貢献度はしれています。
 プログラムを占有モードで動かし、インターネットにつなぎますと元のデータがすぐに送られてきました。そして、計算が始まりました。そうすると図のような画面が出て、1回分の計算のうち何%が終了したか、どんな信号を扱っているかなどを表示してくれます。また、12秒間続くきれいな信号があれば画面に表示されます。本当にきれいな信号が出ると「これは!!!!」ということになりますが、マスコミなどに伝えたりしてはいけない約束になっています。(著作権に引っかかるといけないのでここではわざと精度を落として図を引用しています) あと、データの捏造(ねつぞう)をしてもばれるように工夫がされています。どうせデータの捏造をして「宇宙人が見つかった」ように装っても、向こう側に元のデータが残っているので向こうで同じ計算をされればすぐばれてしまうので捏造をやる意味はありません。
 計算を始めて唖然としました。1分くらいたったのに0.003%くらいしか計算が終わってないというのです。これでは何百時間かかるかわからんというわけでビビりました。その後、幸いにしてパーセンテージは順調に伸び始め、1時間で1%くらいのペースで進み始めました。これくらいなら何とかなる。でも、100時間くらいかかるだろう。
 古いパソコンはバッテリーの自動充電ができなくなっているため火を噴くんじゃないかという心配があって、うちにいないときや夜中はコンセントを抜くことにしました。バッテリーが充電されてないのでコンセントを抜けばもちろん計算は出来ません。よって、平日計算できるのは、朝1時間くらいと夜帰宅してから寝るまでの4時間くらいだけです。家でごろごろしている休日は半日以上計算することが出来ます。こうして、1回目分の計算には2月1日(火)〜13日(日)の13日間を費やし終了しました。87時間の計算時間がかかりました。結果をすぐに送ろうとしましたが向こうの計算機が止まっていたみたいで、転送は14日(月)に行いました。こちらから送るデータはわずからしく、すぐに2回目分のデータの転送が始まりました。1回でやめるのは情けないなと考えて、2回目も計算しました。これには、2月14日(月)〜28日(月)の15日間で、85時間の計算時間を要しました。この1ヶ月間、毎日、朝と夜、パソコンのスイッチをON/OFFし続けたのです。そのあとはほっておけばいいだけですが。3回目はいまだやっていません。
 計算にいくらお金がかかったか見積もってみました。データ通信は正味4分くらいですからネットワークアクセス料と電話代で60円くらいです。無視できないのは電気代です。20Wで170時間として、やはり80円くらいかかっているでしょうか。まったくたいした金額ではありませんがこれがかかった実費ということになります。
 
 最後に感想を書きます。いちばんすごいと思ったのは、やはり、よくこんなうまい具合に物事が進んだものだということです。seti@homeは天文学の教育のためのプロジェクトでもなければ趣味のためのプロジェクトでもなく最先端の宇宙人探しでありながら、アマチュアの趣味にも関心にも応えており、かつ、天文学の普及にも役立っているということに驚かざるを得ません。また、高級なパソコンをたくさん利用できる人も、古いパソコンを1台だけ使っている人も同様に楽しめるということ、それも、ほとんど通信費がかからないということはすばらしいことです。あとここでは書きませんでしたが、seti@homeのホームページには、参加者の統計・ランキングやオリジナルグッズの紹介などいろいろと楽しい内容が載っています。国別ランキングもあって日本は5位でした。ソフトの表示やマニュアルが英語であるわりには日本もがんばっているなという印象です。ホームページのかなりの部分は日本語のページで翻訳されています。
 関心のある方は、ホームページ http://setiathome.berkeley.edu を訪れてみて下さい。