星座の「圏」と「方向」についての研究

 
 夜空を飾るおなじみの星座たちは、いろいろな動物や神話に出てくる人物、道具類などを雑然と並べたように見えます。偶然の星の配列を合わせたものですから、雑然としているのはやむを得ないのですが、まったく無秩序に並んでいるかというとそうではありません。少し前、私は、Sky&Telescope誌で、星座は、空に属するもの、陸に属するもの、水に属するものがあり、これらが層をなして並んでいるという論文記事を目にしました。これは、私には驚くべき説でした。
 私は、ぜひこれを確かめたくなくなり、すべての星座について実際にチェックしてみました。
 
 すべての星座といってもここで対象としたのは、古代に制定された「プトレマイオス48星座」(古代星座)のみです。これらは、太古メソポタミア文明に起源を発し、古代ギリシアをへて、古代ローマ時代にまとめられたもので、3000年程度の歴史を持っているものです。それ以外の星座は、近世に制定されたもので400年前後の歴史しかなくここでは対象としません。古代のアルゴ座は、現在は4つの星座に分割されていますが、ここでは、一つの星座として扱いました。
  古代星座を上記の3つの範疇に分類するわけですが、これを便宜上「圏」と呼ぶことにしましょう。「空圏」、「陸圏」、「水圏」にわけるのだと考えて下さい。まず、「空圏」 ですが、星座はすべて空にあるものですから、安易に考えますと空圏に分類されるものが際限なく増えていきます。それで、ごく限定的に考え、飛ぶことを主な生活様式にしている動物に限定しました。結果的には、鳥とペガスス(天馬)のみが「空圏」に属することになりました。地上の動物と人間はすべて「陸圏」に属します。乙女座に翼があったり、ペルセウスが空を飛べたりすることは考慮に入れませんでした。かに座には少し迷いました。最後に「水圏」ですが、山羊座は魚のしっぽが生えているので水圏に入れました。水瓶座、エリダヌス座も水が流れているので水圏です。
 ついでに、星座の向きにも注目してみました。たいていの星座は、南中したときの上の方向が上になっていますが、これが逆立ちしている星座もあります。ヘルクレス座が特に有名です。各星座の伝統的な絵で向きについても調べました。
 
 この結果を星図に書き入れました。図で、赤、茶色、青の矢印の色は、星座がどの「圏」に属するかを示します。赤は空圏、茶色は陸圏、青は水圏です。道具などの星座は、どの圏にも属さないこととし、黒で表示しました。矢印の向きは、星座で表されているものの上の方向を示しています。人間などは比較的判断が簡単ですが、動物には判断に苦しむものが多少ありました。三角座については向きの判断ができませんでしたので矢印ではなくただの棒になっています。
 
 さて、この図をみて一目でわかるのは、水圏の星座が外側を取り巻いていることです。一見、秋に水圏の星座が多いように見えますが、巨大な星座であるアルゴ座(巨大だからこそ後世に4星座に分割されてしまった)とうみへび座(最大の星座です)が水圏に属していることを考えると、秋、冬、春と水圏の星座が周りをぐるっと取り囲んでいるのです。なぜか夏の星座だけは水圏の星座が見あたりません。
 これは、星座発祥の地、メソポタミア(ひろくはオリエント)で、南の空に比較的低く見えた星座を水と結びつけたものと考えられます。これらの土地は南に海があったことと無関係ではないでしょう。また、水圏の星座は、向きがどれも正立しています。横倒しになったり逆立ちしている星座はありません。みなみのうお座は、魚が仰向けになっていますが、これはみずがめ座からこぼれてくる水を飲むためにこうなっているわけで、星座が全体としてひっくり返っているわけではありません。水はひっくり返すとこぼれますから、水圏の星座が正立しているのは当然のことといえましょう。また、秋の星座で、水圏が比較的高い赤緯まで(つまり北のほうまで)張り出していますが、これは、歳差現象により、数千年前には秋の星座がもっと低く見えていたことで説明できます。
 
 次に空圏ですが、これに属する星座はごく少数です。そして、からす座をのぞいて天空の狭い領域にかたまっています。これは、なぜだかわかりませんが興味深いことです。また、からす座のカラスは星座絵では飛んでいませんが、他の星座は飛んでいます。これも何かの意味があることだと思います。
 
 最後に倒立している星座に言及しておきましょう。倒立している星座も天空の狭い領域に固まっています。ヘルクレス座からカシオペア座までの領域です。この領域は、一部、空圏とオーバーラップしています。空を飛ぶものは逆立ちしてもさしつかえないと言うことでしょうか。近くの陸圏の星座まで倒立しているのは、空圏の星座の影響を受けたのでしょうか。よくわかりません。また、倒立した星座が、夏と秋の星座に集中しているのは歳差現象によって説明できません。低緯度地方で観察すると、これらの倒立星座は北の空で正立することになりますが、この説明では、今度は、冬・春の正立星座が北の空で倒立してしまうことになります。みなさんには何か良い知恵がないでしょうか?
 
 このように見てみると、雑然とした星座の中に、何か深い秩序だった秘密が隠されているように思えます。星座は人類の壮大な文化遺産なのですからこれは当然のことかもしれません。
 
 最後に、星座の分類や向きの判定に協力してくれた上原紗由美(長女です)に感謝します。