知られざる宇宙線の話 (第3次編)
 
                          上原 貞治
 
 
1.宇宙線ミュー粒子の検出
 今回は、地上でできる宇宙線の検出方法について紹介する。地上で検出可能な宇宙線の大部分はミュー粒子である。ミュー粒子は電気を帯びている放射線なので、通常の放射線検出器で検出できる。しかし、普通の放射線検出器で測定される放射線が宇宙線であるとは限らない。それは、建物や地面などから出てくる自然放射線と区別が難しいからである。よく使われるガイガーカウンターやシンチレーションカウンターでは、メーターがふったり、カツカツ と音がするだけであって、それが宇宙線かどうかはまったく確信が持てない。
 「宇宙線を検出する」というのであれば、それが宇宙線であること(あるいはその可能性が高いこと)をある程度積極的に見いだせなくてはならない。そのためには、宇宙線の次の特徴を利用すると良い。
 
(1)おおむね上から降ってくる。
(2)貫通能力が大きい。
 
 広い野原の真ん中で下から来る放射線を金属などで遮蔽して測定した場合は、宇宙線だけを測定しているのに近い状態を作れるかもしれないが、まだ不十分であろう。やはり、宇宙線の通り道(軌跡)を測定したいものである。
 比較的簡単なのは、2台の放射線検出器を上下に重ね、できればその間に適当な厚さの遮蔽(たとえば、厚さ数ミリメートルの鉄板)をいれ、同時に放射線検出器が「鳴る」のを観測するのである(素粒子実験業界では、検出器が粒子を検出することを「鳴る」という。英語では"hit"という。当然、受動態であるはずでこれは過去分詞形であろう)。建物や地面から出てくる放射線は、2台の検出器を同時に鳴らすことはないので、これで宇宙線が検出できる。ただし、2つの検出器が同時に電気ノイズを拾って鳴ることがあるので、注意を要する。オシロスコープでもともとの信号の形状を見れば、たいていの場合は区別できる。
 
 どうしても、目に見える軌跡がほしい、というひとには打ってつけの道具がある。それは、スパークチェンバーという装置で、これはヘリウムガスの中にある高電圧電極の層に一瞬だけ電圧をかけることによって、スパークを起こさせ、宇宙線の軌跡を可視化する装置である。これを使えば、宇宙線が「見えていること」はもう疑いようがない。(写真1。写真協力:高エネルギー加速器研究機構)。また、こちらは目に見ることはできないが、2台のシンチレーションカウンタの間に遮蔽の代わりに人間を入れるデモ用装置(写真2。写真協力:高エネルギー加速器研究機構)が高エネルギー加速器研究機構の「KEKコミュニケーションプラザ」に展示されている。



写真1: スパークチェンバーで捕らえた宇宙線(写真協力:高エネルギー加速器研究機構)


写真2: シンチレーションカウンタを使った宇宙線検出デモ展示(写真協力:高エネルギー加速器研究機構)

 
2.宇宙線「シャワー」の検出
 スパークチェンバーで宇宙線を観察していると、ごくまれであるが多数の粒子が同時に検出されることがある。これは、「シャワー」と呼ばれる現象で、前回の「第2次編」で述べた「電磁シャワー」(この場合、直接検出されるのは電子と陽電子)の場合と原子核の破砕によって生じる「ハドロンシャワー」(この場合は、直接検出されるのはほとんどパイ中間子、あるいは、あるいはその崩壊で生じたミュー粒子である)の場合とがある。
 天文学の見地からいえば、1次宇宙線のガンマ線は、天体から直接飛んできて、しかも曲げられずに地球に到達するのであるから、これを(とくにその飛来方向を)観測したいところである。1次宇宙線のガンマ線を直接捕らえるためには成層圏より上に行く必要があるが、大気中でおこる「電磁シャワー」の形を捕らえると1次宇宙線の飛来方向とおおよそのエネルギーを知ることができる。それには、電子や陽電子が空気中で出すごく弱い光「チェレンコフ光」を望遠鏡で観測する。通常の天体望遠鏡では、視野が狭く感度が悪いので、専用の大口径の反射望遠鏡に光電子増倍管を利用した検出器を取りつけて観測する。
 
3.宇宙線ニュートリノの検出
 最後にニュートリノの検出について紹介して、この連載の終わりとしたい。ニュートリノは貫通能力の極めて大きい素粒子で、ほとんど物質と反応しない。電気的に中性な粒子が物質と反応しない、ということは実は「検出できない」ということを意味する。これが、ニュートリノが「幽霊粒子」と呼ばれるゆえんである。
 ニュートリノの検出するには、運悪く物質と反応してしまった、ごくごく一部の粒子を捕らえるしかない。そのためには、検出器を非常に大きくするしかない。ニュートリノの検出器というものは、小さなものでも数メートル級のサイズがあるものである。
 ニュートリノは、物質と反応すると電子などの荷電粒子を発生するので通常の検出器で検出可能になる。ただし、この電子が外から飛び込んできたものではなく「検出器内部で発生した」ものであることを立証するために、遮蔽体の中に検出器を入れるとか、検出器を2層構造にするなどの措置が必要である。
 ニュートリノにも一次宇宙線と二次宇宙線が存在する。現在のところ、一次宇宙線としてのニュートリノを観測しかつ発生源が特定された天体は、太陽と大マゼラン雲の超新星SN1987Aの2つのみである。太陽からのニュートリノは数はべらぼうに多いが、エネルギーが低いため検出が難しい。一方、活動銀河などの天体から放出されているであろう高いエネルギーのニュートリノを捕らえたいところだが、こちらは地球に達する数が少ないため、超大型の装置を必要とする。現在、湖水や海水、南極の氷などを利用した100メートル規模の測定器が試運転されている。天体を特定できるような観測をするためには、1立方キロメートルクラスの検出器が必要だという人が多い。
 スーパーカミオカンデのような大型の検出器で測定されるニュートリノのほとんどは、大気中での原子核破砕に伴って生成された2次宇宙線のニュートリノ(大気ニュートリノ)である。これは天文学としてはあまり役にたたないが、素粒子としてのニュートリノの研究には役にたった。それは、ニュートリノ振動と呼ばれる現象がこの大気ニュートリノの測定によって発見され、ニュートリノにわずかながらも質量があることが実証されたからである(これについては、 「銀河鉄道」WWW版第9号「30年来の難問、『太陽ニュートリノ問題』ついに解決!」に詳しい説明がある)。
 ニュートリノ天文学の詳細についてはまたの機会に譲ることにして、これでこの連載は完結したことにさせていただく。