知られざる宇宙線の話 (第1次編)
 
          上原 貞治
 
前回の訂正:地球大気の厚さは、1平方メートルあたり1キログラムではなく、1平方センチメートルあたり1キログラムである。
 
1.1次宇宙線の成分
 1次宇宙線というのは、宇宙空間をはるばる旅して地球にやってきた宇宙線のことであるが、地球の大気にぶつかるとその多くは反応して変化してしまうので、1次宇宙線は大気圏の外で観測しないと本当の組成はわからない。
 宇宙は広いので、宇宙線が宇宙を旅するには何年も何十年も(またはそれ以上)かかるのが普通である。そういう理由から、1次宇宙線として地球に到達するものは寿命の長い粒子に限られる。素粒子には実に多くの種類があるが、寿命が長いものはごく限られている。それは、電子、陽子、光子だけである。ニュートリノもそうであるが、これは地球大気や地球とほとんど反応しないのでここでは考えないことにする。(ニュートリノ天文学の重要性を無視しているわけではない。本稿では、最先端の物理学や天文学の説明をすることを目的としているのではなく、宇宙線の主成分についてのイメージを持っていただくことを目的にしているのである。)また、原子核も宇宙から飛んでくる。原子核は素粒子とは呼ばないが宇宙線の一種である。光子は宇宙線であるが、ここでは波長がX線よりも短いものだけを考える。可視光線は宇宙線とは呼ばない。よって、1次宇宙線の正体は、電子、陽子、光子、原子核ということになる。これに、寿命が15分程度の中性子が加わる。中性子はベータ崩壊で陽子と電子と反ニュートリノに壊れるが、それが太陽から放出された場合に限り、崩壊前のものが地球に到達することがある。
 実は以上だけではない。これに反粒子が加わる。粒子にはそれぞれ対応する反粒子があって、その性質は電荷が逆であることを除けばほぼ同じであると言ってよい。よって、宇宙線の成分としては、反粒子である、陽電子、反陽子が加わることになる。光子の反粒子は光子自身であり、原子核の反粒子の反原子核は宇宙線中には未だ見いだされていない(反重水素原子核は人工的に作られている)。
 
2.多数派の成分
 光子を除く1次宇宙線の90%を陽子がしめる。残りのうちではアルファ線(ヘリウム原子核)と電子が多い。さらに原子核の中では、ヘリウム原子核の他に、炭素、窒素、酸素、鉄原子核の比率が比較的大きい。これらの原子核の多寡は、原子核の安定性と関係している。ここに出てきた炭素、...、鉄については、それがいずれも原子として我々のなじみの多い物質であること(重要な生体原子!)が興味を引く。陽子や原子核については、その核子あたりのエネルギーが1GeV(ギガ電子ボルト)付近のものが多い。エネルギーが高くなるにつれて、比率は急速に減っていく。これは、エネルギーの低いものは途中でエネルギーを失ってスピードを落としたり、銀河系内の磁場のためにループしてしまい進めなることによる。また、エネルギーの高いものが少ないことは、宇宙線は元々ランダムのエネルギーで存在しているのではなく、何らかの加速機構によってエネルギーを得たものであることを示している。
 電子についてはエネルギー分布が多少異なるが、ヘリウム原子核と同じ程度の数が存在している。反粒子である陽電子や反陽子の成分比はずっと小さく、宇宙の組成は粒子と反粒子で対称になっていないこと、反粒子は宇宙創世時から残っているのではなく、その後、衝突反応などによって、ごく少量が生成されたものであることを物語っている。これが、宇宙における粒子と反粒子の非対称性である。(銀河鉄道WWW版第3号「宇宙に反物質はあるか?」参照)
 
3.光子
  光子は数としては多くないが、宇宙線がどこで発生したかを知る上では重要である。陽子などの粒子は電気を帯びているので、銀河系の磁場で進路を曲げられてしまい、地球付近で飛んでくる方向を測ったところで発生方向はわかるわけではない。光子はまっすぐ飛んでくると期待できるので宇宙線の発生箇所を既知の天体に同定できる可能性がある。また、高いエネルギーの光子を放出する天体があれば、場合によっては、その天体から電子や陽子などの宇宙線が出ていることも十分期待できるであろう(直接確認することはできないが)。現在、光子の発生箇所が天体と同定されているのは、1GeV以下の比較的低いエネルギー(光子だけのうちで比べると低くないが、陽子などと比較すると低い)のものである。
 最先端の天文学をもってしてもまだ解明はされていないが、ガンマ線バーストという現象は重要である。ガンマ線は超新星残骸や活動的な遠方の銀河から継続的に放出されているが、強度が一定していないものが多い。その中でもガンマ線バーストというのは、短に時間(数ミリ秒〜1000秒くらい)に大きいエネルギーが放出され(宇宙全体の星々から放射されているエネルギーに匹敵するという)、すぐにやんでしまうのが特徴である。これも遠方の銀河の小さな活動部分が発生源のようであるが詳しいことはわかっていない。
 ガンマ線バーストは継続時間が短いため最近まで検出が困難であったが、エネルギー量としては大きいため、今後は、その影響によるいろいろな現象について明らかにされることと思う。
 
4.宇宙線の発生機構
 宇宙線の発生機構は、最先端の天体物理学の話題に属する。近年まで、その機構はよくわかっていなかったからである。それについてはまた別の機会に譲りたいと思うが、簡単に言うと、電子、光子については、高いエネルギーを持つ天体の近くにプラズマのようなものがあってそこから放出されているらしい。また、陽子については、さらに何らかの電磁場による加速機構があって、そこで加速されたものが1次宇宙線となっているらしい。観測から、その加速機構を知ることは非常に難しい。光子がどこから飛んでくるかを観測し、その場所にどのような天体があるか研究する、というのが現在おもに行われている方法である。超新星残骸、活動的銀河などがおもな宇宙線の源である。高いエネルギーの陽子などがどこから来ているかは直接確かめる方法はない。陽子が加速された場所と同じところから放出されるであろう高いエネルギーのニュートリノを捕らえようという試みもなされているが、1987年に大マゼラン雲に出現した超新星爆発の瞬間以外では今のところ検出されていない(なお、このニュートリノは超新星の内部で原子核反応によって放出されたものであり、星の外で加速された陽子によって生成されたものではない)。
 そのほか、宇宙線が宇宙を旅しているうちに、空間に存在する物質やエネルギーの低い光子(宇宙背景輻射の光子)に衝突することがあり得る。これが、地球に達する1次宇宙線の高エネルギー部分のエネルギー分布を変えることになる。
                               (つづく)