シリーズ・ あなたにもできる最先端の天文学研究(3)
       
      星食・掩蔽の観測
 
                            上原 貞治
 
星食(月による掩蔽):
 
  ある天体の背後に別の天体が隠される現象を「掩蔽(えんぺい)」といいます。、それで、月が星を隠す現象は、「月による星の掩蔽」というべきなのでしょうが、言葉が難しいので素人向きには単に「星食」と呼んでいます。隠す天体が比較的小さい場合は、地球上の特定の場所でしかこの現象は見られないことになります。月の直径は地球のそれの約1/4なので、地球上でこの現象が見られる場所はある程度限られます。しかし、月が移動していくことを考えるとかなり広い地域で、見られることになります。
 
  星食は、大望遠鏡が特に必要のない観測対象です。というのは、星食においては、月が星を隠す瞬間あるいは月の背後から星がでてくる瞬間の時刻を測ることが重要だからです。この時刻の測定に大望遠鏡を使ってもたいしたメリットはありません。小望遠鏡を目で覗いて(眼視観測という)ストップウォッチなどで時刻を測るので十分な精度がでます。もちろん、光電管などの装置が使えればいうことありませんが、月面の明るく光っている部分の近くで現象が起こる場合は光電管も使いにくくなります。まあ、0.1秒の測定精度がでれば一応十分で、慣れれば、眼視手動計時でもなんとかこの精度に迫ることはできるでしょう。ビデオカメラが利用できれば精度は上がりますが、星が暗い場合はそれなりの高価な装置が必要となります。
 
 ところが、今や月による星食の観測は「最先端の天文学」とは言えなくなってしまいました。かつては、星食の観測の目的は、月の位置と星の位置の関係から、星空の正確な座標系を定めることにあったのですが、近年、月の位置のレーザー観測や電波干渉計による天体電波源の観測の精度が上がって星食観測の価値は相対的に落ちてきたのです。月の軌道と恒星系の座標の接続も天体電波源の掩蔽を観測すればそれでよいわけです。
 
 ただ、月の周縁の地形を観測するには、星食はまだまだ有効な観測法です。月の表面は山あり谷ありの複雑な地形ですから、星食の起こり方はこの地形を反映することになります。特に、月の北あるいは南の端を恒星がかすめる(本当は、月の端が恒星をかすめるのですが)「接食」の観測は、現在でも詳しくわかっていない月の極地方の地形を知るのに役に立ちます。接食の観測は、星食の見られる地域の境界付近に観測者を複数配置して行うのが有効です。わずか数百メートルしか離れていない観測者の間で現象の見え方が全く違うということが起こり得ます。しかし、この接食の観測も、月周回探査器が、月の詳しい地図を作るようになればその価値を失うこととなりますが、月探査機の詳しいデータは必ずしも公表されていないようなので、今のところそれなりの価値はありそうです。しかし、月の周辺の地形を詳細に知ることが「最先端の天文学の知識」として役に立つものかどうかには、個人の判断が必要でしょう。
 
 
小惑星による掩蔽:
 
   小惑星の大きさを測る方法として近年注目されているのが小惑星による掩蔽です。ただ単に「小惑星による食」と言う人もいます。小惑星の大きさを望遠鏡で見て直接測るのは、ほとんどの小惑星に対しては不可能です。これは、多くの小惑星の直径が100km以下と小さいことによります。
 
 ところが、小惑星がその背後に恒星を隠すときはたいへんなチャンスです。恒星の方が小惑星よりずっと明るい場合は恒星が暗くなる、あるいは消えるように見えるので簡単に観測できます。その継続時間および掩蔽が見られた地域の幅から小惑星の大きさが測れます。直径が100km以下の小惑星による掩蔽が見られる地域は、やはり地上でもそう広い地域ではありませんから、この地域で観測する人は貴重なデータを得ることになります。
 
 数千もある小惑星のうちの1個の直径がわかったところでなんになると思われるかもしれません。しかし、小惑星の大きさがわかるということは、その小惑星の表面の反射率がわかるということなのです。小惑星には反射率の違うグループが存在しており、小惑星の表面にある物質の系統的な研究、ひいては、小惑星の起源の研究に貴重な手がかりを与えることになります。また、小惑星の変光の観測とカップルさせて(こちらはそんなに安上がりにはできない)、小惑星の自転や小惑星の衛星の存在についても研究できます。また、一部では、小惑星の掩蔽によって、恒星が2重星であることが見つかったり、星表の恒星位置の系統的なずれの検出などが行われています。近年、予報の精度向上によって、小惑星による掩蔽の観測成功の件数は飛躍的に増えています。
 
 最近では、地球に接近した小惑星のレーダー画像が捕らえられています。また、ハッブルスペーステレスコープにより大きめの小惑星のかたちや表面の模様の写真が撮られています。しかし、この手の観測を多くの一般の小惑星についても行うことは、まだ当面はマシンタイムのこともあって困難で、小惑星による掩蔽の観測は、ここしばらくはその価値を失うことはないでしょう。