プロジェクト「地球の大きさを測ってみよう」に参加して
 
上原 貞治
 
1.発端
 
 今の夏、私は「地球の大きさを測ってみよう」というプロジェクトに参加した。たいへん有意義な経験だったのでここに報告を書かせていただくことにする。
 
 今回のプロジェクトは、福知山市観音寺で測量会社をやっておられる塩見日出勝氏の企画によるものである。塩見氏と私の天文におけるつきあいは今回が初めてではない。前回はずっと以前のことになるが、1985年年末にハレー彗星が近づいたとき観音寺で地区の人に呼びかけて「ハレー彗星を見る会」というのをやった。その企画をしていただいたのが塩見氏であった。
 
 今回は、なんと「地球の大きさ」を測るのだとおっしゃる。それも小中学生を対象として天文測量によって測定するのだがどうだろうか、という話であった。塩見氏の案によると、緯度は北極星の高度を測り、経度は太陽の南中時刻を測定する、というオーソドックスな方法である。そして、望遠鏡やトランシットなどの「拡大装置」は一切使わないということである。観測は、北海道や沖縄を含む日本全国の知り合いに呼びかけてできるというからすばらしい。
 私がいちばんに思ったことは、たいした装置を使わずに天文測量をするというのはよいが、経験のない小中学生が測定して十分な精度で地球の大きさが出るのだろうか、ということであった。教育が第一の目的なのだから、精度は二のつぎで良いと思うが、まるっきりすってんてんな結果では教育効果も消え失せるだろう。これが私がいちばんに心配したことであった。
 
 どのくらいの精度で測定できるのか少し考えてみた。日本列島は、経緯度にして10度以上の広がりを持っている。1度の測定精度が出れば十分であろう。その時は、地球の大きさをおよそ10%の精度で測定できる。しかし、5度の測定精度しかでないのであれば、これはだめである。実際にどのくらいの精度が出るか、これはいくら考えても机の上で計算してもわかるものではないだろう。今までそういうことをやったことがないのだから。とにかく試してみるしかない。やってみる価値はここにある。
 
 というわけで、とりあえず大筋は塩見氏提案の方法に従って、目的にかなう精度がでるかどうか実地で試すことで返事をさせていただいた。
 
 
2.測定方法とテスト
 
 (1)緯度の測定
 緯度の測定は、昔から北極星の高度を測るものと決まっている。これ以上の方法はない。高度の測定には分度器を使うが、普通に分度器を手に持って傾けて測定したのでは、手や分度器の位置が定まらず、1度の測定精度は決して出ないだろう。そうではなく分度器を回転軸に取り付けてフリーの状態にし、分度器の直線の辺が重力で常に水平になるようにしておく。そして、それに隣接して直線状の照準をもうけ、これと水平との角度を測るのである。これは、小学校の理科で太陽の高度を測る装置で採用されている方法である。太陽の場合は、照準をにらむのではなく影を利用するのであるが、北極星の観測の場合は照準をにらむことになる。
 小学校方式の手作りの装置が手元にあったのでちょいと北極星を見て試してみたが、1度に近い精度は出ることがわかった。そののち、塩見氏が直径40cmくらいの分度器を使った装置(最小目盛り30分 = 0.5度)を自作され(写真1)、最終的にこれが用いられたが、原理としては上に書いたものと同じであった。
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


写真1:北極星の高度測定の方法
 
 
 
 (2)経度の測定
 経度の測定については、方法を決めることからして難問であった。それは何通りもの方法が考えられるからである。まず、太陽の南中を用いる方法と恒星の南中を用いる方法とがある。2つの方法は一長一短があるが、望遠鏡を使わないのであれば、やはり太陽の南中、それもその影を使うしかないだろう。いわゆる「日時計」方式である。
 まず南北方向の決定が問題となる。私は方位磁石で決めると良いと思った。磁石で決めると「偏角」が問題になるが、これはあらかじめ考慮に入れて南北方向を定めればよい。とにかく方位磁石を使って太陽の南中時刻を測定し、どの程度の精度が出るか試してみることにした。問題は日時計の影を作る「モノ」であるが、棒を地面に垂直に立てることは至難の業に思われた。それで棒を立てる代わりに、糸に錘をつけて上から下に垂らすことにした。これのほうが精度が保証される。糸はタコ糸を使って写真用三脚の下部から垂らす。ある程度太めの糸を使わないと影ができないだろう。この影があらかじめ設定した「南北線」と重なる(あるいは平行になる)時刻を測定するのである。そして、測定結果を理科年表にあるデータから計算される「正しい南中時刻」と比較すると測定誤差がわかる。
 
 この測定試験を7月に2度にわたって行った。1度目は勤務先で行った。2度目は休みの日に子供たちと近くの公園で行った。2回とも2分程度の誤差で太陽の南中時刻を測定することができた。同時に、方位磁石を使った方法でも偏角を知っておれば約1度の精度で南北を決定できることがわかった。
 
 (3)南北方向の決定法の変更
 ところが、塩見氏から連絡があって「南北方向の決定は方位磁石を使わず北極星を用いてやりたい」ということである。方位磁石では偏角などの説明やその補正方法の説明をしないといけなくなるので小学生には話がややこしくなっていけない、ということであった。確かにそうかもしれない。また使用する磁石やまわりの環境によって、常に良い精度が出ることが期待できない。磁石を用いる方法に欠点が多いのは事実である。しかしながら、北極星を用いるのも結構大変である。夜の暗いところで南北方向を決定し、それを昼間まで記録し維持しておかないといけない。その具体的な方策が思い浮かばない。塩見氏によると、学校のグラウンドのようなところで、北極星を基準として観測点と北の方向の目標を定めれば良いのではないかということである。うまくいくかわからないが、この方法でもう一度試してみることにした。
 
 人間が2人以上必要なので、子供2人にまたつきあってもらって、夜に近くの公園で上の方法を試した。観測点にいる者は60センチくらいの棒を垂直に立てて持ち、北極星の真下の地面に目標を定める。そして、他の者がその場所に行き、そこの場所を記録(記憶)するのである。何度も同様の作業を繰り返し南北線を決めたのち、昼間に方位磁石で確認した。3度くらいのずれがあって苦労した割には精度は出ていない。実は南北方向に3度のずれがあっても経度は1度程度の精度で決定できるのであまり問題は無いのであるが、結果的にこの方法は採用されず、(1)で述べた分度器装置の「北極星をにらむ照準」の前後両端から錘をたらして南北線を決定するという方法が最終的に採用された(写真1の2個の錘を参照)。こちらでは基線が40〜50cmと、グラウンドの方法よりかなり短くなるが、何度も測定を繰り返すことにより精度を上げることは可能である。
 
 しかし、この北極星を使う方法には最大の難点があった。それは、観測地の選定である。北極星の観測を行った場所で南中観測もしないといけないということは、北極星と太陽の南中方向の両方の空をにらむことができて、地面が平らで、南北線が何日か確保できる場所を見つけることが必要になったのである。そういう場所を見つけることは、郊外に土地を持っている人はともかく、市街地に住む者にとってはたやすいことでない。
 
 (4)2観測地間の距離
 でも最大の問題は別のところにある。経緯度を測定しても2観測地間の距離がわからないと地球の大きさは出せない。そして、この距離は何百kmも離れているのである。これを実際に測定することは事実上不可能である。
 私は、どうしても地図を物差しで測定する方法しか思い浮かばなかったが、塩見氏は地図は絶対に使いたくないということである。確かにこのプロジェクトは地図を使ったのではおもしろみが半減(それ以下?)する。
 そこで塩見氏が発案されたのが空港間の距離(マイレージ)を使う方法である。確かにこれなら地図を使う必要はない。ただ近くに空港がないとこの方法は使えない。今回の観測では、最寄りの空港間の距離をそのまま利用した。
 塩見氏は西中筋天文同好会の田中氏にも相談されたというが、田中氏の意見でもこの部分がいちばんの困難ということであった。しかし、これ以上の名案がなかったので基本的にはこれが一般的に採用された。塩見氏は、この他に東京−福知山間については東海道の区間を何回かに分けて徒歩で踏破した人の日数のデータも使用した。
 
3.つくばでの本番測定
 さて、つくばでの本番の測定であるが、問題は観測場所である。いろいろ迷ったあげく、やはり、南北線のマークがいつまでも自由に残せるということで、自分が車を止めている駐車場を利用することにした。ここで北極星と南中時の太陽が観測できることをまず確かめた。
 本番の北極星の測定を送られてきた塩見氏製作の道具を使って行った。まず8月8日の夜に北極星の高度と方位を測定した。天気は申し分なかったが空気の澄み方がいまいちで、北極星が見にくく苦労した。3人で1回づつ高度を測った。さらに、方位の測定が難物で、測るたびに方向が数度ずれる。合計7回測定して、比較的向きが揃っている結果4つのおおむね平均を採用した。得られた南北線の両端を地面に両面テープを利用したシールでマークした。翌日の昼、太陽の南中時刻の測定をした。暑い日差しでまいったが影はよく見えた。好条件で、おおよそ30秒程度の確度で測定ができた。
 北極星の観測は困難だったし、すでに得られた南中時刻の観測値は悪くなかったので、もう一度観測をする気は起こらなかった。それで、同じ南北線を用いて8月14日に南中時刻の測定をもう一度行った。この日は、福知山の三段池公園で塩見氏が公開観測を開催された日である。東の土地つくばと京都の福知山とでは南中時刻が20分も違うことを実感してもらうため、携帯電話で南中の瞬間を福知山に実況した。
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


写真2: 南中時刻測定の様子
 
 
4.結果の解析
 私は、日本全国6ヶ所(札幌、青森、つくば、福知山、宮崎、西表島)から送られてきたデータを使って(つくばはもちろん私の観測)、地球の大きさを計算してみた。2観測地間の距離は最寄りの空港間距離をそのまま利用した。太陽の南中時刻の季節変化(均時差)は、異なる日の太陽の南中時刻の観測をまとめる上で無視できないので補正した。北極星が天の北極からずれている効果も考慮したがこれはほとんど結果に影響しない。すべての測定結果をまとめると、おおよそ、地球1周の距離は、39000km±2000kmということになった。1ヶ所における経緯度の測定精度は、1〜2度程度であった。これはまずまず満足のいく精度であった。
 塩見氏は、これとは別に、図解の方式で小学生にも理解できるように地球の大きさの差算出方法のチャートを作られた。このチャートには日本付近の緯度の経緯線が平面上にほぼ正しい比率の縮尺で印刷されている。これに2観測点の位置をプロットして緯度1度に対応する地表での距離を相似形の利用で求めるというものであった。中学生であれば十分理解できたことと思う。
 
5.今後
 今回のプロジェクトは6ヶ所での測定となったが、福知山では新聞でも取り上げられ、公開観測もしたのでかなり話題になったようである。次の機会に参加したいという人もあって、来年もまた行うかもしれないということである。
 私も貴重な経験をさせていただいた。最も簡単だと思われた北極星に照準を合わせるのに相当の苦労をしたこと、とても精度が出ないだろうと思われた太陽の南中時刻を高い確度で自信を持って測定できたこと。とにかく理屈を頭で知っているのと実際にやってみるのとでは全く違った。
 
 最後に、当プロジェクトを実行された塩見日出勝氏と札幌市、青森市、宮崎県、西表島で観測をされた参加者諸氏に感謝の意を表します。