知られざる宇宙線の話 (第0次編)
 
上原 貞治
 
 1.序
 今年(2004年)は台風が上陸が多く、大量の雨で各地に多大な被害が出た。雨というのは言うまでもなく地上に降ってくる水滴であり、良くも悪くも我々の生活に多大な影響を与えている。我々の生命や生活にとって雨の影響というのは本質的なものである。
 
 しかしながら、我々の頭上に降ってくる物質は雨だけではない。「宇宙線」という目には見えない粒子が絶えず空から降ってきているのである。あまりに小さいので、目に見えないばかりでなく、身体に当たっても、身体を貫通しても我々は何にも感じない。「それじゃあ、そんなものは無いのと同じことではないか。」と思う人があるかもしれない。しかし、決してそうではない。宇宙線というのは高速の粒子であり、いわゆる「放射線」と同じものである。しかも、我々の身体に常にかなりの数(1分間に1平方メートル当たり約10000個)ぶつかってきて、そのほとんどは体内にまで入り込んでくるのである。人間の健康や生物の進化になんらかの役割をなしていると思われる。少量の放射線の健康への影響については良くわかっていないが、1人が1年間に浴びる宇宙線の放射線量は医療用のX線照射の量に匹敵する。
 
 この知られざる宇宙線について、簡単に紹介したいと思う。「知られざる」というのは、研究が進んでいないので正体が知られていないという意味ではない。研究は詳しくなされて細かいところまで良くわかっているが、一般の人々によく知られていない、という意味である。今回は、宇宙物理学の最先端の話題に触れることにはあまりこだわらず、宇宙線の基礎、だいたい、20世紀の中頃までにわかったことを中心にカバーするつもりである。
 
 2.宇宙線の起源
 宇宙線の起源は、はるか宇宙の果てから飛んでくる高速の粒子である。高速というのは光の速さに近いということである。光そのものも宇宙線の一種であるが、光についてはエネルギーの特に高いX線やガンマ線と呼ばれるもののみが宇宙線と呼ばれている。
 このような高速の粒子がどういう理由で発生するのかというのはけっこう難しい問題である。通常の化学爆発や、単純な星の衝突を考えたのではこれほどの高速にはならない。超新星爆発のようなものか、宇宙空間に何らかの電磁的加速機構がないかぎりこのような高速にはならないものと考えられる。ブラックホールのような超高密度の天体も発生源の候補である。しかし、ここではその発生源の詮索はこれ以上行わないことにする。
 
 3.地球の大気の影響 
 高速(あるいは高いエネルギー)の粒子が宇宙から飛んでくるのであるが、それがそのまま地上に達するわけではない。大きな役割をなすのは地球の大気である。地球の大気は薄いので放射線は難なく貫通するであろう、と考える人があるかもしれない。しかし、それは大間違いである。地球大気は非常に厚い。1気圧をキログラム重単位の圧力で表すと、それは、およそ1キログラム重毎平方センチメートルである。つまり、1平方メートル当たり約1キログラムの「厚さ」があるのだ。この密度は、これは水ならば水深10メートルに匹敵する。鉄ならば1.3mの厚さである。これなら放射線でもおいそれとは通過できない。
 ところが、宇宙線の中には、レントゲン撮影用のX線よりもはるかにエネルギーの高いものが多く含まれているので、これだけの厚さの大気を持ってしても完全にそれを止めてしまうことはできない。ただ、宇宙空間から飛んできて大気の上層に達した宇宙線と、地面まで届いた宇宙線とでは、その内容が相当違う。それで、前者を「1次宇宙線」、後者を「2次宇宙線」と読んで区別している。簡単に言えば「1次宇宙線」というのは宇宙をはるばると旅をしてきた粒子である。「2次宇宙線」は、1次宇宙線が地球大気の物質にぶつかって反応した結果できた粒子である。次回と次々回に、このそれぞれについて説明する。                           (つづく)