ブッシュ米大統領の新宇宙戦略について
1.ブッシュ米大統領の新宇宙戦略発表される
 
 2004年1月15日、ブッシュ米大統領は、米国の将来の宇宙計画を発表した。その骨子は、以下のようなことである。
 
(1)2010年に国際宇宙ステーション(ISS)を完成させ、そこでスペースシャトルを引退させる。
(2)大型ロケットと宇宙船を新規に開発し、2015年までに有人飛行を行い、続いて有人月着陸を実現させる。
(3)月面基地を作り、そこから火星有人飛行をめざす。
 
 この大統領の声明が、そのまま議会で了承され実行にうつされるものではないのであろうが、ここでは、この計画の真意とその妥当性、将来の予測について議論してみたい。
 
 この計画をブッシュの大統領選再選への選挙戦術と見る見方もある。確かにそういう含みもあるであろうが、ブッシュの個人的な短期戦術については本来の興味ではないので、ここでは議論しないことにする。以下は、すべて私の個人的な見解・予想であり、客観的な根拠に基づくものではない。(将来計画がどのように実現するのかは未定であるので、客観的な根拠があったとしても、それが個人的な予想より、良い予測を与えるとは限らない。)
 
2.各項目の背景
 
 まず、(1)であるが、これは事実上、スペースシャトルの採用が、全般的に言って失敗であったことを認めたものといえよう。スペースシャトルは、当初、人工衛星打ち上げビジネスに参入する商業利用を見込んでいたが挫折し、2度の事故で、安全性、経済性もないことが明らかになった。わずかに宇宙ステーションができるまでのつなぎの宇宙実験室としては役に立ったが、ISSの建設がすすめばその必要性も低下する。大型のモジュールや人員は、従来型のロケットで輸送できる。建設のための装置は現場に据え付ければよい。スペースシャトルは再利用型なのでいずれは老朽化する。そのためには後継機が必要であるが、後継機の建設も改良型の開発も結局日の目を見ないことになった。再利用型宇宙往還機自体が効率のよいシステムではないことが確認されたということであろう。
 しかし、ISSは、せっかく建設した以上、建設完了後に大いに利用されなくてはならない。そのためには、人員や物資の輸送が必要であるが、それには、従来型のロケットを使うことになる。問題は、有人宇宙船である。ロシアのソユーズは継続して使用されることになるであろう。ヨーロッパ連合や日本がただちに有人宇宙船を開発するとは考えられないし、ISSに中国が参入するとも思えない。これだけを見ると、アメリカはISSに見切りをつけようとしているように読みとれる。
 
(2)の大型ロケット開発と有人月飛行は一体の計画である。何はともあれ、スペースシャトルに代わる大型輸送ロケットがほしい。そこで、再利用型は放棄して従来型のロケットの開発をすることになる。ISSに人員や物資を送るためだけには大型ロケットは必要ないので、他の目的が必要になる。それが有人月飛行である。アメリカはかつてアポロ計画で人間を月に着陸させた。現在では、中国が月に人を送ると言っている。それは遠い未来のことになるであろうが(現実的には中国が月に人が送れるようになるほど遠い将来まで現在のような経済成長を続けるとはとても思えない)、先輩のアメリカがそれを指をくわえてみていることはないということである。月着陸と大型ロケット、そのそれぞれは魅力のある計画であり、両者の目的は一致する。
 
(3)については、近い将来にはほとんど実現可能性のない「夢物語」である。月に着陸ができてもそこから火星に飛び立つためには、最低でも40年はかかるだろう。そんな先の話を今してみても仕方がない。これは、月に人を送るための苦しい理由付けだといえよう。その他、月の資源を利用するなどという話もあるが、地球にある資源をわざわざ月から調達する必要はない。ヘリウム3が核融合の燃料になると言われているが、核融合が実用化されるのと(もちろん地球上での話)、火星への有人飛行のどちらが先に実現するか、たぶんいい勝負であろう。
 アメリカはすでに35年前に月に人を送っている。だから、月にもう一度人を送ると言っても「それがどうした」という話になる。だから、火星をダシにしてとにかく月飛行を再実行させるということだろう。また、火星に有人飛行ができればそれに越したことはない。火星には地球(地球周回軌道を含む)から飛び立つ方が実際的だが、それはたいへんなので、まず月をめざしたい、ということにしておく。そういう意味では、月をダシにして火星を目指すという両面作戦になっているようである。
 
 
3.将来計画の予測
 
ISSは、予定通り、2010年頃に完成するだろう。そこでスペースシャトルは満を持して引退するが、ISSに人員と物資を運ぶ後継の輸送船が必要になる。ロシアのソユーズだけに頼るわけにはいかないので、アメリカが宇宙船を開発せざるを得ないであろう。アメリカは実際にはISSを見限ると言うことはできないであろう。将来の宇宙開発のためには、そこでの成果は無視できないものだからである。ソユーズをモデルにした宇宙船をアメリカで生産して、アメリカのタイタンロケットあたりを利用して打ち上げるという策もあるかもしれない。日本やヨーロッパのロケットの利用も考えられるが、有人には実績がないので採用されないだろう。物資の輸送は無人でできるので、日本やヨーロッパのロケットが使用されるかもしれない。
 それと平行して大型ロケットの開発が進行する。最初は、おそらくエネルギアのような水素ロケットがめざされるであろうが、その場合は2015年までに余裕を持って完成することは難しいだろう。完成を急ぐなら、途中で有機燃料に変更されるかもしれない。月着陸に大きな技術的な問題はないであろうが、安全基準をクリアするために(アポロのレベルではとても現在の安全基準をパスしない)なんどもテスト飛行が必要になるだろう。2007年頃から開発を始めたとして、月着陸の実現は2018年頃になるのではないか。その後は、月面基地の建設になるが、月で定常的に人間が活動するためにはISSの建設以上に途方もない時間がかかるだろう。
 火星への有人飛行の夢は捨てられることはないであろう。ISS完成の技術を利用して、まず地球軌道上で火星ロケットが組み立てられることになるのではないか。しかし、火星ロケットの前に別の大型構造物が宇宙に作られるであろう。それは、私の予想では、何かの工場のようなものかあるいは大型の科学実験装置であるように思う。これは、月着陸と並行して研究や開発を進めることができるだろう。具体的になるのは2020年代ではないか。その次の段階として、宇宙で大型ロケットが組み立てられるかもしれないが、無人でテスト打ち上げを重ねるほど経済的余裕がないと実現しないので、これはいつになるかはわからない。ようするに、一人の大統領が言ったからといってどうこうなる次元の話ではないのである。
 
 
4.大型科学予算の動向
 
 さて、最後に予算の裏付けについてであるが、これが最大の問題である。月への有人飛行であっても膨大な予算が必要であり、それは、国家予算全体とアメリカの経済状況ををにらみ合わせ、かつ、政治的に決定されるしかない。そのような検討はここではできないので、大型科学計画の予算の範囲で考えてみる。
 近年、アメリカは、大型科学計画からは腰を引き気味である。それは、多くの計画が今や「国際共同研究」となっており、そこで、アメリカのリーダーシップが必ずしも確立していないからである。核融合実験炉、大型粒子加速器、天文学衛星、遺伝子研究、高速計算機システムなどの研究において、アメリカは世界をリードしているが、そのリードは圧倒的なものではない。これらの分野においてアメリカ一国で計画を実施した場合、世界の残りの部分が連合してアメリカと競争したならば、どちらが勝つかわからない。逆に、アメリカが国際共同研究に参加すると、参加費は多額を払わされるが、結果的にアメリカの言い分だけが通るわけではなく、もちろん、成果もアメリカの手柄と言うことにはならない。ISSはこのような状況にある典型的な計画であるが、スペースシャトルを持っていたがゆえに面目は保っているのである。
 このような状況で、アメリカがブッシュ流の「一国主義」をめざすなら、当然、勝てる分野で、ということになる。「有人月飛行」は、その少ない事例である。そうなると、他の分野を多少犠牲にしても、この分野に予算をつぎ込むことになるのではないか。犠牲にされた分野についてはアメリカはますます目立たなくなるが、そのぶん、月計画で孤塁を守るという戦術になるだろう。
 ブッシュは再選されたとしても4年後には大統領を辞めねばならない。あとは、アメリカ国民が長くこの計画に熱狂できるかに全てがかかっていると言えるだろう。