シリーズ・ あなたにもできる最先端の天文学研究(1)
       
      皆既日食と皆既月食の観測
 
                            上原 貞治
 
 もう10年近く前に、「大望遠鏡も高価な装置も使わない最先端の天文学研究」という文章を書いたことがあります。この時は、銀河鉄道には載せませんでしたし、現在から見ると多少古くなってしまったので、今回、改訂して銀河鉄道に掲載することにしました。
 
 
 「ただ星をながめたり、きれいな写真を撮ったりするだけでは物足りない。なにか天文学に貢献できる観測をしたいが、高価な装置を買う金もない。」と考えているあなたのためにこれを書きました。立派な観測をするためには、良い装置と技術と根性が必要ですが、この3つのうちぜひとも必要なのが根性で、必ずしも必要ないのが良い装置です。
 「天文学の最先端に貢献するためには、大きな天体望遠鏡や最新の高価な天文機器が必要だ。」、これは、当たり前のことであり常識であると言わなければなりません。小さい望遠鏡やろくな機械も使わずにできる天文研究は、とうの昔にやり尽くされており、そんなものは今や最先端どころか時代遅れの研究になっているからです。しかし、何事にも例外があります。大望遠鏡も高価な装置も使わない最先端の天文研究は、まだ残っているのです。それらは、次のような性格を持っている分野に属するものです。
 
1) 観測する場所により全く見え方が違う現象
 大望遠鏡は世界中いたるところにあるわけではありません。興味深い現象が、大望遠鏡がない特定の地域でのみ見られるならば、そこにある小望遠鏡がものをいうことになります。
 
2) 時間変化が速い現象
 時間変化が速い現象には、細かい時間間隔での継続的な観測の実施が必要です。ところが、地球の半分は昼間ですから、継続的な観測のためには、世界中に観測所が必要になります。悪天候の箇所があるだろうことを考えると、観測所は少しでも多い方が助かります。
 
3) いつ起こるかどうかわからない珍しい現象
 誰でもそうですが、特に大望遠鏡をかかえている天文学者は、いつ起こるかわからない現象をひたすら待っているほど暇ではありません。また、大望遠鏡も珍しい現象を待っているばかりでは、宝の持ち腐れと言うことになるでしょう。どんな装置であれ珍しい現象を観測した人は、貴重な経験をした人ということになります。
 
4) 観測に成功する確率がかなり低い現象
 我々が期待しているとおりに現象が見られる確率が非常に低いという場合や条件が悪くよほど運が良くないと見られないという場合は、プロの観測者は、観測を敬遠することになります。労力をかけても論文にならない可能性が大きいからです。そこで、金をかけていないアマチュアは、「失敗してもともと」と観測をし、金がかからないのをいいことに失敗を繰り返し、やがては成功のチャンスをつかむことになるのです。
 
5) 大望遠鏡を用いることに特にメリットのない現象
 大望遠鏡がないことが何のハンディにもならないことは明らかです。
 
6) 最近まであまり注目されていなかったなどの理由で解明があまり進んでいない現象
 今までに蓄積されているデータが少ないので、どんな観測でも意味があります。
 また、観測者が少ない現象の観測は、希少価値があります。
 
 上のどれか一つの条件に合えばもうじゅうぶんです。2つ以上の条件にあっているなら申し分ありません。これらの条件に当てはまる現象は結構ありそうですね。
 今回は、皆既日食と皆既月食を考えてみましょう。
                        
 
 
皆既日食:
 皆既日食は、同じ場所では、360年に1回しか見られないといわれています。それで、皆既日食をすぐにでも見たい人は、それが起こるところまで出かけなくてはなりません。それは、えてして交通の不便なところであったり、旅行に危険が伴うところであったりします。そういうわけで、大望遠鏡で皆既日食を観測するというわけにはなかなかいきません。
 それでは、小望遠鏡をかついで旅行し、皆既日食を見て何の観測ができるでしょうか? コロナの観測というのは興味深く、たいした装置もなく可能です。しかし、コロナについては、最近は、人工衛星などにより普段から系統的な観測が行われていますし、皆既日食の時もプロがれなりの装備をしてきているはずなので、こういう観測は彼らに任せてしまったほうがよいでしょう。
 他の興味あるテーマとして、皆既日食時の太陽の直径を測る、というのがあります。太陽の直径は一定でないと言われているのです。しかし、普通のビデオで測定した程度では精度不足で、これも大した貢献ができるとは思えません。
 天文とはまったく無関係ですが、地上の動物の行動に着目するという研究があります。これも古くから行われていますが、動物の種類や修正は地域や時刻によっても違うでしょうから、これについては、現在でもまだまだ有用なデータを集めることができるのではないでしょうか。
 
皆既月食:
 皆既月食で時刻の測定をするように観測の指導をしている本がありますが、これは全く精度が出ず、1分くらいの不定性が出てほとんど意味がありません。おもしろいのは、皆既中の月の明るさや色の観察です。これは、そのときの地球大気の状態を反映していると考えられます。地球上での火山活動などの影響を受けると言われていますが、実際、皆既月食ごとにかなりの違いが見受けられます。ただ、月が地球の影にどれほど深く入っているかによっても違いがでるので注意が必要です。観測装置や倍率を変えると見た目が変わってしまうので、観測装置として何を使ったのか明記しないといけません。
 また、地球の影の形や影の濃さの分布が円対称になっているかもチェックするとよいでしょう。この観測では、地球大気の透明度や太陽光の散乱が地球上の場所によって違うことを反映していることがわかるかもしれません。