2003年の「火星大接近」と簡単な火星の観察
 
                         上原 貞治
 
1.火星の大接近というがどのくらい近づくのか?
 今年は火星の大接近の年である。火星は約1年10.5カ月の公転周期で太陽の周りを回っており、2年2カ月ごとに地球に近づく。しかし、火星はかなりいびつな楕円軌道を回っているため、太陽に近いところで地球に接近する場合と遠いところで地球に接近する場合とで距離にかなりの差が出る。近いところで接近する場合が「大接近」である。遠いところで接近するときは「小接近」、その他の場合は「中接近」とよんでいる。大接近の時の距離は6000万km、小接近のときの距離は1億km程度である。
 図を見てわかるように大接近のときに地球のいるところはだいたい決まっている。つまり地球での季節が決まっているわけである。おおざっぱに言って、8月・9月に火星が接近する場合が大接近である。こういうことは15年または17年の周期で起こる。最近では1971年が大接近、1986年と1988年が「双子」の大接近であった。そして今年、2003年も大接近なのである。
 今年の大接近ははんぱではない。79年に一度という近さの大接近である。それも、前回の1924年よりもわずかながらさらに距離が近い。それどころではない。どうやら人類観測史上、最も距離の短い大接近らしいのだ。といっても、1924年と比べた場合でも0.4%の違いしかないのであるが。でも、とにかく、歴史上のどんな観測者より火星に近づけるということは特筆すべきことである。


 
 
2.観測の好期は?
 今年の最接近は8月27日に起こるが、7〜10月が観察の好期と言える。その頃、火星は夕方は東の空に、明け方は西の空にあり、ほぼ一晩中観察することができる。マイナス2.9等級という大変な明るさになり、しかも、濃いオレンジ色をしているのでたいへん目立つ。一種、異様な印象を与えることであろう。最接近のころには肉眼でじっくり眺めてみる価値がある。
 
3.どのくらいの大きさに見える?
 大接近の火星はどのくらいの大きさに見えるのであろうか。最接近時の火星の視直径は、約25秒である。角度の秒は1度の60分の1(1分)のそのまた60分の1である。肉眼の分解能は1分と言われているから、肉眼で丸いのがわかるほどではない。しかし、7倍程度の双眼鏡を使えば丸いことが何とかわかるのではないだろうか。
 天体望遠鏡を利用する場合は、100倍以上の倍率をお薦めする。100倍で大接近の火星を見たときは、見かけ上約40分の視直径に見える。これは肉眼で見た月よりも大きく、表面の明暗模様も十分眺めることができる。しかし、片目で望遠鏡を覗いた印象では、月よりも大きいどころか、月の数分の1の直径で豆粒程度の印象しか受けないであろう。というわけで、できれば150倍以上の倍率を用いることが望ましい。口径10cm以上の望遠鏡が利用できる場合は、もっと欲張って200〜300倍の倍率を使用してもよい。しかし、倍率が高いほど良いというわけでもない。天候や機材の条件によって異なるので、実際に覗いてみていちばんよく見える倍率で使用すべきである。
 
4.火星面はどのように見える?
 火星も地球と同様自転軸が黄道面に対して傾いているが、大接近時の火星は、いつもその南半球を地球側に向けている。それで、南半球の地形がよく観察できる。南半球には薄暗い模様になっているところが多く、大シルチス、サバ人の湾、太陽湖、キムメリア人の海といった有名な模様は、はっきりとしているので比較的容易に確認できる。火星表面の模様を見たことのない人にはよいチャンスになるだろう。火星の自転周期は、地球のそれに近く24時間37分である。一晩火星を見ていると、火星面が半周回るのを観察できるし、翌日の同じ時刻に観察すると、前夜とは少しだけずれたところが火星面の中央に観察できる。どの日にどこが地球に向いているかは天文雑誌などで調べておくと良い。火星図と見た目を比べるだけで判断することは慣れていない人には少々難しいであろう。
 大接近の時の火星は、火星の季節もやはりいつも決まっている。さらによく見えるのはいつも南半球である。他の季節の火星を観測したいと思えば、地球から多少遠い時に観察せざるを得ない。それで、大接近の時に練習して十分目を慣らしておき、他の季節にも挑戦するというのが、上達への道である。
 
 火星は、かつては火星人がいるかもしれないと言われた「ロマンの世界」であった。今では火星人がいる可能性は全くなくなったが、地球から接近した火星を眺めたときの印象は昔も今も変わっていない。地球の住人にとって、近づいて来る別世界は今でもその魅力を失っていない。