「ブラン」と「スペースシャトル」
 
               上原 貞治
 
 ソ連版スペースシャトルが開発中であることは、以前よりよく知られていたが、1988年11月のブランの初飛行は、世界の人々の驚きの目で迎えられた。この驚きにはいろいろな意味が込められていた。最大の驚きは、ブランはスペースシャトルそっくりであったことである。機体のロゴを見ない限り、よほど詳しい人でないとスペースシャトルとブランを見分けることはできないと思われた。多くの人はソ連はスパイ行為によってアメリカのスペースシャトルの技術を盗んだに違いないと考えた。また、別の驚きとして、ブランが無人で着陸に成功したこと、ソ連が直後に鮮明な写真を公表したことなどがあった。
 ここで、第1の驚きからの推測は第2の驚きの原因と矛盾する。アメリカのスペースシャトルは無人では着陸できないのである。無人でも飛行できる、というのはソユーズ以来のソ連の宇宙船の鉄則である。だから無人の段階で不具合を繰り返したゾンドには人が乗せられず、有人一発勝負のアポロに敗れたのであった。また、スパイを派遣するまでもない外見や外装の類似はともかくとして、ブランとスペースシャトルとではエンジンの基本的構成からして、全く異なっている。スペースシャトル打ち上げのメインエンジンはシャトル本体についている。シャトルが乗っかっているずん胴の機体は燃料タンクにすぎない(どちらかというとシャトルがタンクをぶら下げているのである)。一方のブランはメインエンジンを持たず、別のロケットエネルギアに乗っかって宇宙に飛び立つ(こちらは文字通り乗っかっている)。ただし、メインエンジンが液体水素ロケットであること、補助ロケットとメインロケットの燃焼手順はほぼ共通である。また、両者とも、着陸の時にはエンジン噴射をほとんど必要としない。
 スペースシャトルやブランのような宇宙往還機の目的は、再利用できるメリットを生かし、安価に宇宙に大量の物資を運ぶことである。要するに輸送機なのであるから、人が宇宙に行くこと自体が目的である場合を除き、無人であることが望ましい。よって、ブランはスペースシャトルより優れたシステムであるといえる。
 

写真、イラストは、いずれも、ロシア、STCスタート社のプラスティックモデル「エネルギア−ブラン」より。写真は、ブランを搭載したエネルギア(1988年打ち上げ)。イラストは、ポリュスを搭載したエネルギア(1987年打ち上げ)。

 スペースシャトルはチャレンジャーで人命を失う事故を起こして以来、商業衛星打ち上げ分野から撤退した。人工衛星は無人ロケットで十分打ち上げ可能なのであるから、これは当然の選択であり、スペースシャトルが飛ぶ前からわかっていることであった。商業衛星の打ち上げ云々は、あらかじめ虚偽と知りながらスペースシャトルの開発資金を国費から出させるために設けられた口実であろう。最近は、スペースシャトルはおもに国際宇宙ステーションISSの建設と人員の輸送、あるいは宇宙での人手の必要な実験のために用いられている。これは適した用途であるが、逆に言うと他の用途にはあまりメリットがないことになる。
 この点、ブランは優れていた。無人で飛べるので人命を危険にさらすこともない。もちろん、有人で飛ぶこともできる。エネルギアは使い捨てなので経済効率が落ちるが、そのぶん自力で飛行できるので別の用途に転用することもできる。エネルギアで宇宙ステーションを打ち上げて、ブランで人を運び、その後、無人のブランで宇宙ステーションに滞在する人に生活物資を大量に補給することもできる。 スペースシャトルではこれができないので、ISSの建設のためには、その都度、有人のスペースシャトルを小出しに打ち上げている。

 そして今回のコロンビアの事故である。現時点で事故の原因ははっきりしていないが、もし大気圏再突入の前にすでに異常があったのならば、それを宇宙に滞在中に確認できないことが致命傷になったと言える。しかし、宇宙に滞在中に異常が見つかっていたとしてもシャトルの宇宙滞在は半月程度に限られているので特に打つ手はなかったかもしれない。今回のコロンビアはISSより低軌道の宇宙空間でシャトル内の実験室を使って種々の実験をすることを目的としており、ISSに立ち寄るものではなかった。もし、同様の実験がISSで行えるようになっておればISSにドッキングしてからゆっくりと点検を行い、異常が見つかれば帰還を延期することができたかもしれない。また、短期間に集中して昼夜兼行で実験を行うために7人ものクルーを一度に乗せることもなかったであろう。(そもそもISSが遅れているからこのような飛行が必要になったのである)スペースシャトルのような限られた時間しか飛行できない乗り物で多くの種類の実験をこなさねばならない、ということに無理があったと言える。こういう状況では、少々の不具合があっても飛行の続行を強行せざるを得ない状況になるのが自然の成り行きと言える。
 宇宙ステーション、それを打ち上げる大型ロケット、有人宇宙船、補給用宇宙船、これらのものはそれぞれの用途に適したシステムを選ばないとならない。これらをすべて兼用できる、というのがスペースシャトルのうたい文句であったが、それは愚かなアイデアでしかない。 スペースシャトルは1機が失われると大変な経済損失になる(すでに2機が失われてしまった)が、エネルギアは元々使い捨てだし、ブランもメインエンジンがついていないぶんだけ簡単な構造である。また、エネルギアといえども大量に生産し必要な改善を施せばコストは下がるものと期待できる。エネルギアが大きすぎる場合は、プロトンロケットやソユーズロケットを併用すればよい。アメリカもアトラスなどの優れた輸送用ロケットを持っているが、これは大型の構造体を一度に打ち上げられるようには作られていないし、アポロ以後は人間打ち上げの実績もないので、単体の衛星の打ち上げにしか使われていない。1種類の汎用品で頑張るよりも、それぞれの用途に特化した複数のシステムを持つほうが、結局は安上がりで失敗が少ないということは今日では常識である。
 巨大技術計画の実施における技術的な効率と政治の世界における効率の選択はまったく別のものである。アメリカはスペースシャトルと自国の宇宙での優位性を守るためにISS建設にスペースシャトルを使うことを主張した。ロシアはブランを使うことは自国の経済回復の足しにならないとしてブランを放棄したのである。